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五輪入賞ランナー 指導者でパラリンピック「出場」

陸上短距離 大森盛一(3)

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真っ暗闇を全速力で走り、跳び、体を前へ投げ出す――。全盲のアスリートはこの走り幅跳びの恐怖を、助走の方向などを正確に伝える「コーラー」との信頼で勇気に変える。陸上界に指導者として戻ってきた元五輪ランナー、大森盛一(47)はパラ陸上のトップ選手、高田千明のコーチであり、コーラーも務める。今回は大森が未知の世界だったパラ陸上に関わり、周囲の力を借りながらさらなる高みに挑む姿をつづる。前回は(「元五輪ランナー、サニブラウンの『初めての指導者』に」

◇   ◇   ◇

「はい! いい?」

大森盛一は大きな声で、助走を始めようとする高田千明(34=ほけんの窓口)に向かって掛け声で準備を促す。

「行きます!」

高田もやはり大きな声で大森にそう答えて手を上げ、2人の走り幅跳びが始まる。

「視覚障害T11」と定められる全盲クラスで幅跳びに挑む高田と、助走や踏み切り位置を正確に伝える「コーラー」として潜在能力を最大限に引き出す大森にとって、声はただの励ましや確認ではなく、固く結んだ「命綱」だ。100メートルでは、伴走者の右手と、視覚障害者の左手を長さ20センチほどのロープで結び合い感覚を共有できる。

声と手拍子で踏み切り位置を伝える

しかし走り幅跳びでは、コーラーが声で指示する方向、タイミングで踏み切らなくては、砂場に着地できず大事故を招く危険がある。ロープのように感覚を確認し合えないなか、どんな「綱」を心で握り合うか、徹底して声でトレーニングを重ねなければならない。

「行きます!」と、高田から返事があると、大森は「イチ、ニ、サン、シ、ゴ……ジュウ」と、はっきりした手拍子を送り、高田は2回目の5、すなわち15歩目をコーラーが発する瞬間に思い切り踏み切る。以前はもう少し前で踏み切るようカウントしたが、スピードを生かそうとカウントを2拍ほど後ろに置き現在のコールが完成した。

視覚があってもファウルする繊細な競技で、アイマスクをした全盲の選手がファウルをせずに踏み切り、しかも4メートルを超えるジャンプで砂場に着地する。競技力のレベルの高さに「誰より驚いていたのは、オリンピックに出場したはずの自分だった」と、元五輪選手は苦笑する。2008年4月、創設したばかりの「アスリートフォレスト トラッククラブ」(A・F・T・C)に「どうしても強くなりたい」と高田が飛び込んで来た時、むしろ不思議に思ったという。

「パラスポーツへの知識も、その魅力も全く分かっていませんでしたから、どうしてこんなに純粋に競技に打ち込めるんだろう。どこからこの向上心が湧いてくるんだ、と、高田の強い気持ちに興味を抱きましたね。本気でやるなら、と彼女に言いましたが、本気とは自分こそ試されたんだと思います。100メートルでロンドン(12年ロンドン・パラリンピック)に行けず、高田はこれで終わりたくない、と泣いて訴えました。そこで、まだキャリアを伸ばせるなら、スピードを生かした幅跳びはどうだろうかと考えたのです」

大森の周りに日本のトップジャンパーがそろっていた環境にも助けられた。日大の1つ先輩には、現在も日本記録(8メートル25)保持者の森長正樹(47)がおり、日大が大森、高田に世田谷区の日大グラウンドを貸すために連携を取った。ミズノ時代の後輩でシドニー五輪代表、渡辺大輔(44)にもアドバイスをもらえる。彼らの助けによって、高田が競技種目を変えたのと同じに、大森もまた伴走者からコーラーへと転向した。この時、視覚や感覚で伝えられない関係において、言葉がどれほど重要かを痛感する。同時に、400メートルトラック1周をもがき、苦しんでゴールするかのように、引退から8年間、様々な職業でトラックを1周してきたキャリアは、決して遠回りなどではなかったのだと手応えも抱いた。

高田は明るい口調でこう話す。

「大森さんの指導を受けて高い目標を追い続けることで、自分はアスリートなんだと自覚や自信を持てるようになりました。もちろん幅跳びは今でも怖いんですよ。踏み切りはこう、空中姿勢はこう、と言葉で指示を受けても私にはイメージできませんから恐怖心はなかなか消えません。大森さんの指導はその点分かり易い表現ですし、安心感を与えてくれます。でも、あんまりしゃべらないんですよ、大森さん!」

16年リオデジャネイロ・パラリンピックを目指した2人の夢が実現し、高田は走り幅跳び、100メートルで初出場を勝ち取る。初めて長さ20センチほどのロープを握り合った日、それがパラリンピックのスタジアムに2人を導くとは想像さえつかなかっただろう。

1996年アトランタ五輪から20年後の夏、大森は伴走者として高田と同じ選手カードを首から下げ、もう2度と戻らない、と決めたはずの国際舞台のスタジアムに足を踏み入れる。「そういえばずい分昔、こういう場所で走っていたんだ」と、4×400メートル(1600メートル)リレーのアンカーとして世界に挑んだ日が、鮮やかに蘇える。アップし、いよいよ満員の観客の前に出た時、自身の五輪とは異なる感動に鳥肌が立った。すると、隣にいる高田もまた4年に一度、世界中のアスリートが目指す夢舞台の空気に、体を震わせているのが分かった。

結果は走り幅跳びで8位。転向から本格的に始めて約3年の期間を考えれば、伸びしろはまだある。また、金メダリストとは50センチ差があったものの、3位から高田までの記録は十分に縮められると計算した。2人は東京に照準を合わせる。

かつて、小学4年のサニブラウン・ハキ―ム(20=米フロリダ大)を指導した頃、「段階に合った適切な指導が大切」と、自分の成果より、詰め込まず、今一番重要な指導は何かを考えた。その経験は、高田と東京を狙う地図作りにも反映される。より記録を伸ばす現段階では、本格的な走り幅跳びの指導でフォームを改善しなくてはならない。そこで、女子走り幅跳びの現日本記録(6メートル86)保持者の池田久美子(現姓井村、38=イムラアスリートアカデミー)に指導を依頼。夫の井村俊雄(36)とも、ある指導者講座で一緒に学んでおり、築いてきた人脈はまるでジグソーパズルのように埋まり、東京に向かう地図を描き出した。

もう1人の日本記録保持者も指導に参加

夫妻が主宰するアカデミーは、三重県鈴鹿市に本拠地を置き、120名もの会員を抱えるクラブである。大森と高田は17年2月、まとまった日程を確保してそこで初めて合宿を行い、女子トップジャンパーの指導を受けるチャンスを作った。

大きく変えなければならなかったのは、空中姿勢だ。踏み切り動作から「思い切って足を空中に振り上げて」と指示しても、それがどういう動作なのか高田には分からない。アカデミーで、年齢、性別、キャリアを問わず、陸上の楽しみを教えている池田にとっても、全盲のアスリートの指導は初めての経験だ。

トップ選手だった大森と同じように、「どうして見えないのに走り幅跳びができるの?」とまず圧倒されたという。初対面での練習風景を、楽しそうに振り返る。

「何かアドバイスする時にも、千明ちゃんが見えている前提で、足をもっと振り上げて、と言ってしまうんです。すると、笑いながら、久美さん、すみません、私、見えていないんです、って。あー、そうだった、ごめん、ごめん、と謝って、どうすればうまく伝えられるかな、と考えました。私自身、使った経験のない脳のあちこちをフル回転して知恵を振りしぼった感じでしたね」

日本記録保持者は、体を触りながら、まるでパラパラ漫画のコマ送りをするように、丁寧に動作を教えた。難しい空中姿勢に、足を顔の横まで振り上げるよう、体を触って位置を示す。それでも不十分だと感じ、池田も目を固く閉じ、踏み切りに飛び込んでみる。すると高田が感じる恐怖の意味が少しわかった。だからこそ、「怖くっても、思い切って踏み切ってみて!千明ちゃんの持ち味で、日本の女子選手だってできないような、助走のスピードを最大限に生かしてみましょう」と声を掛けられた。

日本の女子トップジャンパーの指導を受け、それをただ技術だけではなく大きな自信につなげて東京を狙う。大森のもくろみは当たった。17年のパラ世界陸上で4メートル49の自己ベストをマークして銀メダルを獲得すると、昨年から4メートル48を連続してマークする安定性も生まれる。助走に入る際、体の向きを少し外側に微調整し、コースを外れる確率は圧倒的に減少しスピードも増した。池田の指導を大森も動画やイラストで学び、東京での練習ではSNSを使って三重と情報を交換し合った。

7月20日、陸上のジャパンパラ大会(岐阜・長良川)が行われ、ドバイ世界パラ陸上出場を狙う高田は1本目に4メートル53と、自己記録を4センチ更新するジャンプで、世界パラの出場権(標準記録は4メートル51)をも獲得。その後も、高いレベルを目指しあえて挑んだトレーニングの成果を見せ、この日だけで日本記録を3度も更新し、4メートル60に伸ばした。

「うれしかった。何よりもホッとしましたね。自分に走り幅跳びの専門知識はありませんでしたが、自分の周りにいたトップ選手たちにも力をもらいました」

2年ぶりの自己新、日本記録3度更新、世界陸上出場を決めた喜びの会見に臨む高田の少し後ろに立ち、大森は控えめにそう話した。

池田も三重から応援に駆け付けた。高田の記録はもちろんうれしかった。しかし、別の感情も抱いた、と明かす。感情を表に出さず、淡々と指導する大森が、高田が自己新をマークした時、大きくガッツポーズをして喜ぶ姿をスタンドから見つめていたという。

「その姿は千明ちゃんには見えませんよね。でも、いつも黙々と、千明ちゃんを優先し大事に指導している大森さんがあんなに喜んでいる様子に、私は胸がいっぱいになりました」

1600メートルリレー、男女走り幅びの「現日本記録保持者」3人で支えた、パラ陸上の新記録である。

=敬称略、続く

(スポーツライター 増島みどり)

大森盛一(おおもり・しげかず)
 1972年、富山県高岡市生まれ。中学校で本格的に陸上競技を始め、400メートルを中心に活躍する。県立伏木高校から日本大学に進み、92年バルセロナ五輪に出場。96年アトランタ五輪では400メートルと1600メートル(マイル)リレーに出場した。リレー決勝はアンカーを走り、64年ぶりの5位入賞を果たす。その際に出した3分0秒76のタイムは日本記録で、23年間破られていない。日本選手権では94、96年に400メートルで優勝。2000年に引退。自己ベストは46秒00。引退後、様々な仕事を経て、08年、陸上クラブ「アスリートフォレスト トラッククラブ(A・F・T・C)」を設立、指導者に。同クラブには100メートルの日本記録保持者、サニブラウン・ハキーム選手も小学生時代に所属した。現在は産業用機器製造「日本アルス」に勤務しながら子どもらを指導する。視覚障害のクラスで走り幅跳びと100メートルを専門とする高田千明選手のコーチも務めており、東京パラリンピックを目指している。
増島みどり
 1961年、神奈川県鎌倉市生まれ。学習院大卒。スポーツ紙記者を経て、97年よりフリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」でミズノスポーツライター賞受賞。「In His Times 中田英寿という時代」「名波浩 夢の中まで左足」「ゆだねて束ねる ザッケローニの仕事」など著作多数。「6月の軌跡」から20年後にあたる18年には「日本代表を、生きる。」(文芸春秋)を書いた。法政大スポーツ健康学部講師。

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