「スルッと」「ピタパ」…関西鉄道カード 客の声で進化
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スルッとKANSAI。改札機に通せば関西の交通機関を乗り降りできる関西人に慣れ親しまれてきた磁気カード乗車券だ。「残額不足では乗車できない」とされてきた鉄道の常識を打ち破り、「不足分は後払いでもOK」という方式も採用した。誕生の背景には、利便性を求める関西の乗客の存在があった。
2019年3月1日。スルッとKANSAIのメンバーの阪急電鉄や阪神電気鉄道がJR西日本のICカード乗車券、ICOCA定期などの販売を始めた。これを知ったスルッとKANSAI元副社長の横江友則さん(63)は、「24年ぶりに阪急・阪神とJR西が握手を交わした」と感慨深げに振り返った。
1980年に阪急に入社した横江さんの会社人生は、関西のICカード乗車券の進化の歴史でもある。
大震災が契機
きっかけは95年1月の阪神大震災。阪急、JR西、阪神の3社が運行する大阪・梅田―三宮間も被災し、3社は振り替え輸送を始めたが、同4月、JR西が一足先に開通すると振り替え輸送を中止。阪急と阪神は被災区間を避けて三宮と梅田を結ぶため、「両社の御影駅をバスで結び、三宮―御影は阪急、御影―梅田は阪神で乗客を運んだ。阪急御影駅は改札機を改造し、阪神の定期も阪急の改札機を通すという異例の措置をとった」(横江さん)。
6月には阪急、阪神ともに復旧したが、乗客の多くはJR西に流れた。当時阪急の営業担当課長だった横江さんは危機感を抱いた。「阪急、阪神の三宮と梅田の両駅で両社の定期が利用できれば、一枚の定期で乗れる電車の本数が増え便利になるのでは」。阪急御影駅で阪神定期を使えるようにした経験が生きた。
阪神の企画部課長だった秦雅夫さん(62、現阪神電鉄社長)も社内説得に奔走。やがて実現した共通定期は乗客を呼び戻し、共通乗車カード、スルッとKANSAIにつながっていく。
スルッとKANSAIは当初、阪急や阪神など5社局が参加。そこに大阪市交通局(現大阪市高速電気軌道=大阪メトロ)が名を連ねたのは乗客の声があったからだ。当時阪急は独自に「ラガールカード」を導入していた。ところが阪急京都本線から地下鉄堺筋線に入り、地下鉄の駅で降りる乗客がこのカードを改札機に通そうとすると通らない。「なんで通れへんのや」。乗客の声は大阪市会も動かす勢いとなり、市交通局は改札機を更新、通過できるようにしたという。
不足分は後払い
利用者はさらに便利さを求めた。1900年に制定された鉄道営業法で、鉄道は乗車券がなければ乗ることができない。プリペイド方式だと、残額が初乗り運賃未満だと乗ることができず、乗車前にチャージする必要がある。「チャージに時間がかかり電車に間に合わなかった」と不満をぶつける利用者も出た。
スルッとKANSAI開始準備に深く関わってきた横江さんは運輸省(現国土交通省)にかけあったが「法律で決まっている」との答え。そこで同法の「別段の定めある場合のほか運賃を支払い……」の条項を根拠に、約款に残額があれば乗車できることを記載することを提案。運輸省も了承した。
残額不足でも乗車できるようになったが、「駅で精算機を使って不足分を払うのも面倒」という声も出た。スルッとKANSAIには中小私鉄も加盟しており、精算機の負担も大きい。費用をかけずに顧客の利便性を高める方法はないか。たどり着いたのがクレジットカードのように後払いもできるIC乗車カード、PiTaPaだ。
PiTaPa開始後、一部でICOCAとの相乗りを望む声も出た。横江さんらはJR西と話し、09年11月、ICOCA、PiTaPaをベースの連絡定期の相互発売で合意した。PiTaPaの普及でスルッとKANSAIカードは18年1月に利用を終了。「今の姿があるのは、関西の乗客の声に答えようとやってきたから」。横江さんは顧客目線に立つ重要さをかみしめている。
(野間清尚)
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