菊池VS.大谷、投打で磨き合う高度な駆け引き
スポーツライター 丹羽政善
14日にエンゼルスの本拠地で行われたマリナーズの菊池雄星対エンゼルスの大谷翔平の先輩・後輩(岩手・花巻東高)対決は、そこに高度な駆け引きが透け、見応えがあった。
6月8日の初対決では、内野安打、一ゴロを経て迎えた3打席目、連続本塁打のどよめきの中で大谷が初球のカーブを捉え、左中間へ。チーム3連発となり、結果的に大谷が菊池に引導を渡す形となった。
迎えた今季2度目の対戦(14日)では、1打席目が四球、2打席目が空振り三振だったが、そのときの大谷の空振りからは、2人が今後、磨き合いながら、どう成長していくのかという期待がよりいっそう湧き上がった。
それはカウント2-2からの6球目。菊池が投じた外角低めのスライダーに大谷はバランスを崩され、バットが空を切った。大谷が腰を引くようなスイングになったのは、真っすぐだと感じたからだろう。フォーシームのタイミングで振りにいったら、ボールが来なかった――。
もっとも、ヤマを張るようなカウントではない。真っすぐだと錯覚させられた、と表現したほうが正確か。だとしたら、菊池の狙い通り。菊池の側からすれば、きっちり伏線も張ってあった。
そこへ話を進める前に触れておきたいのが、菊池の取り組み。
一般的なスライダーの球速が80マイル台前半であるのに対し、菊池のスライダーは88~89マイルと高速だ。そして打者の手前で変化させる。ゆえに対戦した打者はカットボールと勘違いすることも少なくないが、もちろん、意図があってそういう軌道のスライダーを投げている。
この春、何度かその狙いについて菊池が、こんな話をした。「ピッチトンネルを意識してのことです」
■ピッチトンネル理論で投球デザイン
ピッチトンネルとは、米データサイトの「ベースボール・プロスペクタス」が2017年1月に定義したもので、まずは、ホームベースの手前約7メートルのところに、輪があるとイメージする。直径はざっとボール2個分という。
もしも複数の球種がその狭い輪の中を通れば、打者は球種を判断することが困難となり、仮にその輪を通過してから球種を判別できたとしても、もはやボールは打者の手元にあり、反応する時間が残されていない、という距離が7メートルでもある。
その理論に沿う形で、菊池のスライダーは、真っ直ぐと同じ輪を通るようにデザインされているのだ。
菊池を指導し、最先端のデータに加え、スポーツ科学の野球への応用をわかり易く解説した「新時代の野球データ論 フライボール革命のメカニズム」という書籍の監修をした国学院大学の神事努准教授が、こう教えてくれた。
「一時期、カーブの軌道に近づいてしまって、遅く、大きく曲がっていました。そこから、日本のときと変わらないぐらいに戻りました」
曲がりが大きくなると、ピッチトンネルには入らない。その分、打者に球種のヒントを与えてしまうことになる。5月終わりには、球速も82~83マイルに落ち、投げている菊池本人が首をかしげたが、今は真っすぐと見分けのつきにくい、かつてのスライダーに戻りつつある。
先程の2打席目に話を戻すと、菊池は3球目に外角低めに真っすぐを投げ、ストライクを取った。この球とくだんの6球目は、見事に同じピッチトンネルを通っている。それをホームベースの後ろと横から確認したのが次の2枚の図。これを見ると、ほぼ軌道が一致していることが分かる。
神事さんにも確認してもらうと、「この図で同じトンネルに入っているといえそうです」と指摘し、続けた。「アウトコースにフォーシームが来た!と思って打ちにいったらボール球のスライダーだったのだと思います」
そう錯覚させることこそ、まさにピッチトンネルの効果なわけだが、仮にあのスライダーがストライクゾーンに投げられていたら、同じ結果にはならなかった可能性がある。
「(スライダーを)ゾーンに投げようとすると、どうしてもいったん浮いてからホームに到達してしまいますから」と神事さん。そうすると、あの3球目も生きてこない。スライダーをゾーンに投げるつもりなら、その前に高めの真っすぐを見せておく必要がある。
ちなみにそうした配球は今、菊池が磨きをかけている部分だ。真っすぐで高めに目付けをしておけば――。神事さんによると、その高めの真っすぐそのものも「スイング時間が長くなる(約0.02秒)ので、実質的に球速が速く(約5キロ)感じられる」そうだが、「低めのスライダー、チェンジアップも効く」とのことである。
■適応示した菊池、次に大谷はどう対応
では、菊池はあのスライダーで仕留めるイメージをした上で逆算して3球目に真っすぐをあそこに投げたのか。あるいは、3球目が外角低めに決まったことで、6球目の配球が決まったのか。
それを聞くと菊池は、「両方ですね」と話した。「3球目が外角低めに決まったので、6球目にあそこへスライダーを投げようと思った。また、あの球を振ってもらえるような配球ができれば、とも考えていた」
そこには駆け引きの妙が透ける。
もっともこれで大谷にも情報がインプットされた。
大谷こそ、投手としてはフォーシームとスプリットでピッチトンネルを構成し、その効果を知り尽くしているのである。アスレチックス時代に対戦したエンゼルスの捕手、ジョナサン・ルクロイも「あの真っすぐとスプリットは、区別がつかない」と話していた。
かといって、あのコースに来る菊池のフォーシームとスライダーを見極めることは大谷でも難しいはずだが……。1回目の対戦を経て、菊池が適応を示した。今度は大谷がどう対応するか。2度目の対戦の前、「特に意識することなく、普通に入りたいなと思ってます」と話していた大谷だが、あの三振を喫したスライダーに何を感じたか。
2人は21日(日本時間22日)、三たびシアトルで顔を合わせる。