仕上げ華やか 心満たす テーブル演出の達人(神戸市)
匠と巧
火のついたブランデーをオレンジの皮を使い、熱したフライパンの上の輪切りしたパイナップルにそそぐ。ひと筋の青い炎が見るものをくぎづけにし、甘い香りが辺りに漂う。客の目の前でパフォーマンスを交え、フランス料理を優雅に提供するのが「メートル・ドテル」と呼ばれる人たちだ。「ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド」の総支配人、檜山和司さん(60)はこの道30年を超える。
パイナップルのデザートを派手な演出で仕上げるのは檜山さんの代表的な技だ。「ミスターパイナップル」の異名をとる。5月にはその道一筋に励んだ人に贈る黄綬褒章を受章した。
この技はまず、パイナップルの冠芽をカットし、反対側の芯のわきにフォークを2本刺す。そのフォークを2本ともつかんで持ち上げるのが見せどころで、客にも「持ってみますか」と声をかけたりする。
持ち上げたままナイフで固い皮をむく。むいた皮はきれいに皿に盛りつける。「ゴミくずのように見せない」(檜山さん)のも演出の一つだ。皮をむいた後、パイナップルを輪切りにし、中の芯をくりぬくと花のような形に見える。
フライパンにグラニュー糖をまぶし、加熱してバターを入れるとトロッと甘いソースができる。輪切りしたパイナップルを入れ、このソースとからめながら、ラム酒とオレンジジュース、レモン汁を加える。この後、冒頭に書いたクライマックスを迎える。
火を通したパイナップルを白い皿に移し、ソースをかけ、バニラアイスを盛り、ミントを添えてデザートは完成する。ここまでが約20分の演出で、レストランではフランス料理の2~3時間ほどに及ぶコースの終盤で披露している。
メートル・ドテルはデザートだけでなく、厨房から運んできた料理すべての最後の仕上げを担う。客のテーブルに最初から最後までつきっきりのため、檜山さんの演出を間近で楽しめるのは1日1組までとなる。
この道を歩むきっかけは20歳代前半のある日のできごとだった。高校を卒業後、フランス料理のシェフを志していた檜山さん。当時、働いていた大阪市の老舗フランス料理店で、サービスを担当した客に「きょうは本当に楽しかった」と声をかけられた。「『おいしかった』でなく『楽しかった』のひと言で、自分の天職はサービスなのでは」との思いを強めた。
そのころ、地元・神戸市のホテルに三つ星レストランの「アラン・シャペル」が日本支店を開業すると聞き、サービス職としてアルバイトからスタートした。それ以来ずっと、檜山さんは「目の前のお客さまを喜ばせることだけを考えている」。
ホテルの総支配人になっても接客の最前線に立ち続ける。旅先では金と時間を惜しまず、おいしいものを食べ、美術や音楽といった最高のものに触れるのを欠かさない。客の一生の思い出に残る仕事ができるよう、自分磨きに余念はない。
(小嶋誠治)
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