NY連銀総裁のお薦め、経済に効くワクチンとは
18日、ニューヨーク(NY)での中央銀行リサーチ協会年次総会。ウィリアムズNY連銀総裁の講演は、いきなり家族の話で始まった。
「私の妻は看護の教授だが、子供たちには、まずワクチン投与が最善と説いている。病気の伝染を予防するためには、一時の注射の痛みに耐えるべきだと言う。私は金融政策も同様と思う。災いが起きるのを座して待つより、予防的措置を講じるほうがよい」
講演のお題は「ゼロ金利近傍に生きる」。
最近、中央銀行界で流行語のごとく使われるZLB(zero lower bound=ゼロ金利下限)を、ずばり題に使ってきた。政策金利をゼロ近傍にまで下げる余地が少ないことを論じるときに引き合いに出される金融用語だ。従来は利下げ余地が5%程度はあったが、今回は2%あまりしかない。
そこで、マーケットでは、なけなしの利下げ余地ゆえ、慎重に小出しに、あくまで予防的に動くとの観測が主流であった。
ところが、18日の講演で、ウィリアムズ氏は「景気刺激策が限定的ゆえ、経済の異変の兆候が見えたら、直ちに利下げしたほうがよい」と断じたのだ。
「火薬が湿らないように普段から備えるという発想では手ぬるい。金融緩和を急げ」「潜行性の低インフレ病の悪化予防のためワクチンを投与せよ」とも語っている。
NY連銀総裁は、FOMCの副議長職にあり、常任投票権を持ち「別格」扱いだ。その発言は重い。
その要職の異例の強い語調に、市場は利下げ幅0.5%容認の姿勢を感じ取った。
7月FOMCでの利下げ確率も、0.25%幅が30%、0.5%幅が70%と逆転した。
債券市場では、講演直後から指標となる10年債利回りが2.07%から2.02%に急低下。政策金利と相関の高い2年債利回りも1.82%から1.76%までいきなり下げている。
市場のサプライズ感は強い。6月の雇用統計をはじめ経済指標は好転の兆しが見え始めていた。小売り統計も良かった。18日、ウィリアムズ講演の直前に発表されたフィラデルフィア連銀製造業景況指数も6月の0.3から7月は21.8まで大幅改善されていた。株価も最高値更新が続き、7月利下げを決め込み、先走り気味の潮流に対する反省機運が高まってきたばかりでのことである。
ほぼ同時に、米軍がホルムズ海峡で、イラン小型無人機を撃墜の報道も流れ、円高が加速中だ。
金価格も1トロイオンス=1420ドル台から1440ドル台に続騰している。
僅か数時間で、利下げ観測がかくも転換するマーケットの金融政策依存症に効くワクチンは無いようである。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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