「待ち望んでいた」ハンセン病家族訴訟、涙ぐむ原告ら
ハンセン病の元患者らの家族に対する国の賠償責任を認めた6月の熊本地裁判決を巡り、安倍晋三首相は9日、控訴を断念すると表明した。隔離政策を通じて家族との絆を断ち切られ、深刻な差別に苦しんできた家族らは「気持ちが軽くなった」と喜びの声を上げた。一方、控訴を前提に対応を進めてきた関係官庁からは戸惑いの声も漏れた。
「ずっと待ち望んでいた。原告や支援者らと喜びを分かち合いたい」。両親や姉が患者だった原告団副団長の黄光男さん(63)は控訴断念の一報に喜びをかみしめた。
隔離政策で幼いころに家族と過ごす時間を奪われたうえ、差別への恐怖にさいなまれた半生を訴訟で訴えた黄さん。「控訴もあり得るかなと思っていたので、ほっとした」と心境を打ち明け、国に対し「裁判に加わった原告だけでなく、同じ境遇の人が平等に補償を受けられる法整備をしてほしい」と求めた。
沖縄県に住む70代男性は「失った家族の時間を取り戻せるわけではないが、ひとまずはよかった」と声を詰まらせた。小学生のころ、母が突然家からいなくなり、後に療養所に入ったと聞かされた。
「隔離されたと噂になり、いじめられた。その後の人生は母の存在を隠し続けた」という。「母を責めたこともあったが、悪いのは国だと明確になり、気持ちは軽くなった。母ともしっかり向き合っていきたい」と力を込めた。
「父はいないと60年間自分に言い聞かせてきた。この判決を機に連絡をとってみようかと思う」。熊本県の80代女性は訴訟を通じて、隔離政策の理不尽さを痛感した。「家族だとばれたくなくて、最初のころは法廷にも行けなかった。ひとつの大きな区切りを得られたことで、どうしても父に会いたいという気持ちになれた」と涙ぐんだ。
鹿児島県の70代女性は「国は病気を理由に、家族を離ればなれにするむごい政策をとってきたことを反省してほしい」と強調した。「まだ差別は残っている。その現実を国民にしっかりと周知し、ハンセン病は差別の対象ではないと啓発してほしい」と訴えた。
ハンセン病家族訴訟弁護団の鈴木敦士弁護士は「国が責任を認める大きな一歩だ」と政府の決定を評価する。原告団は熊本地裁での勝訴後、控訴しないよう関係省庁前の路上に立ち、被害の深刻さを訴えてきた。鈴木弁護士は「控訴断念で終わる問題ではない。原告以外の被害者も広く救済する法の枠組みを国と一緒に考えていきたい」と話した。
■霞が関に戸惑いも
9日午前、控訴断念の一報を受けて、東京・霞が関の関係省庁からは戸惑いの声が上がった。
「官邸の政治判断でひっくり返った」。控訴の準備を進めていた厚生労働省の男性職員は困惑を隠せない。「旧優生保護法下での強制不妊手術などの他の事案でも家族への責任が生じるのでは」と余波を気にかけた。
法務省幹部も「首相が控訴に消極的だと聞いていたが、まさか本当に断念するとは」と驚く。別の同省幹部は「今朝決まったばかりで今後のことはまだ分からない」と慌ただしく話した。
根本匠厚生労働相は9日午前の閣議後の記者会見で、「熊本の判決には法律上の重大な問題が含まれ、通常の訴訟対応の観点からは控訴せざるを得ないという側面もあった」と話し、議論が曲折したことをにおわせた。他の係争中の訴訟への対応や、広くハンセン病の家族を救済する法律の検討については「関係省庁と協議する」と繰り返した。
山下貴司法相も同日の閣議後会見で「ハンセン病元患者や家族に寄り添いたいという首相の思いを共有している」とし、「控訴断念の方向で至急準備を進めたい」と述べた。