くすぶる選手にチャンス 駆け込み移籍で開花期待
編集委員 篠山正幸
くすぶっていた選手が、環境が変わった途端にブレークする、というのがトレードの面白さだ。広島から楽天に移籍した下水流昂(しもずる・こう)は早速、持ち前の打棒を発揮し始めている。7月いっぱいのトレード期限を前に激しくなってきた"駆け込み補強"から、ペナントレースを左右するような存在が出てこないとも限らない。
下水流は楽天・三好匠(たくみ)との交換で、東北の地に赴いた。だれもが認める打力を持ちながら、層の厚い広島の外野陣のなかで出番を見いだせないままで、トレードの報に、少しばかり残念な表情をみせた。「今シーズンが勝負だと思い、スタートしたが、自分の力不足で……」
横浜高から青学大、社会人のホンダを経て2012年のドラフト4位で入団した下水流は31歳。昨年、代打中心ながら、67試合に出場し、やっとレギュラー取りの足場を築いたところだった。丸佳浩の巨人移籍によって、外野の一角が空き、チャンスはさらに広がるはずだった。
■あのワンプレーがなければ…
「今シーズンが勝負」はもちろん、広島の激しい競争に勝ち抜く、という意味だったわけで、志半ばの移籍には悔しい思いもあるはず。
そもそもこの移籍自体、微妙な伏線を伴っていた。あのワンプレーがなければ、トレードの対象になっていただろうか……。
今季、2軍スタートとなった下水流は4月27日に1軍に昇格する。翌28日のヤクルト戦の七回、代打で起用されて三振。
それでも、貧打打開の手掛かりを求めていた広島は29日の同カードで、相手先発が左腕の石川雅規だったこともあり、右打者の下水流を7番左翼で先発起用する。
3打席無安打で迎えた六回の守りで、災難が降りかかった。2死一、二塁からウラディミール・バレンティンが打ち上げた飛球が左翼へ。簡単に捕れそうにみえたが、ライトが目に入ったか、下水流は捕球しそこなった(記録は失策)。2者が生還し、3-4とどちらに転ぶかわからなかったゲームの流れが、ここで決まった。
翌日、下水流は登録抹消となり、トレードの日を迎えることになる。
■「寂しい。でもチャンスいただいた」
広島首脳陣も、あのワンプレーをもって2軍調整の断を下したわけではないだろう。打撃を含め、総合的に判断してのことかもしれないが、出場2試合、わずか4打席での降格という、なんともやるせない結果となった。
広島とのお別れのあいさつとなった会見で、下水流はこうも言った。「寂しい。でもチャンスをいただいたとも思っている」
前向きな気持ちさえ失わなければ、才能はいずれ花開くということは、近年でいうと、巨人から日本ハムに移って才能を開花させた大田泰示や、昨年、阪神から西武に移って11勝を挙げた榎田大樹の例でわかる通り。
下水流を獲得した楽天のほれ込みようもすごい。5日に出場選手登録し、代打で起用。初先発となった6日は3打数無安打だったが、7日には5番中堅で先発して4打数2安打1打点。ためこんだ鬱屈を一気に晴らすかのような打棒が、態勢の立て直しに一役買うかもしれない。
下水流個人にとっても、ここが人生の分岐点になりそう。不本意なプレーを最後に広島を去ることになったが、やがて、あれから野球人生が開けた、と笑い飛ばせるようになる日が来るかもしれない。努力次第で、未来は変えられる。下水流はそのチャンスをつかんだことになる。
■大化けブライアントに似るモヤ移籍
中日からオリックスに金銭トレードで移籍したスティーブン・モヤも大化けの期待がかかる。
移籍の状況が、1988年のシーズン途中、ひょんなことで中日から近鉄に移籍したラルフ・ブライアントをほうふつさせる。
外国人枠の関係で2軍でくすぶっていたブライアントは、薬物事件を起こしたリチャード・デービスの後釜として、緊急補強という形で近鉄に金銭トレードで移籍した。そのブライアントが翌年、黄金時代の西武を破る貢献をしたのは周知の通り。
モヤも、ドーピング規定違反で解雇を余儀なくされたジョーイ・メネセスに代わる外国人としての期待がかけられている。
中日ではダヤン・ビシエドや投手陣で外国人枠が埋まり、出場機会がなかったという事情も、ブライアントのときと似ている。オリックスが近鉄の後継球団であることを思えば、その符合は何かを予感させるばかり。
モヤは2日に支配下登録され、翌日には1軍登録、ロッテ戦で、6番一塁で先発出場を果たした。二回の移籍後初打席での右翼越えソロは、最下位チームに希望をもたらす一発となった。
7日、巨人から楽天へのトレードが発表された和田恋も打撃には定評がある。下水流と同じく、層の厚いチームのなかで活躍の場を見いだせないでいた。2軍でいくら打っても昇格できない境遇に、うずうずしていたに違いなく、思い切り暴れられるチャンスを得たら面白そうだ。
下水流にしてもモヤ、和田にしても、本当によそに出していいのか、と思われるような力を持っている。元の球団としても、抱えておきたかったのはやまやまなはずだ。それでもトレードに踏み切ったことは、選手本人のためになりうる、ということはもちろん、球界全体での人材活用を図るという意味で、英断といえるのではないだろうか。
シーズンも半ばを過ぎ、両リーグとも、首位と2位以下の差が広がり始めた。駆け込みトレードでの移籍組から、緩み始めたペナントレースに波乱を巻き起こす選手が出てくることを期待したい。
1985年東北大卒、日本経済新聞社入社。主に運動部に在籍し、プロ野球を中心に取材歴35年。本紙朝刊にコラム「逆風順風」、電子版に「勝負はこれから」を連載。著書に「プロ野球 心にしみる80の名言」(ベースボール・マガジン社)「プロ野球 平成名勝負」(日本経済新聞社)。共著、監修本に「プロ野球よ」「そこまでやるか」(ともに日本経済新聞社)など。現職は編集委員カバージャンル
経歴
活動実績
2021年11月17日
日経STUDYUMウェビナーで「強さの秘訣、ここにあり!野球から学ぶ組織力」と題し講演
2016年11月
テレビ北海道情報番組に出演。「日本ハムの新球場への期待」を解説