NY株最高値、魔術師2人の共演
「金融緩和のためなら何でもやる」と発言して、市場からは「ドラギ・マジック」と歓迎されたドラギ氏が、2019年10月にいよいよ欧州中央銀行(ECB)総裁の座を去る。代わって登場するラガルド現国際通貨基金(IMF)専務理事にも「ラガルド・マジック」の期待感が高まる。
IMFトップといういわば「名誉職」に近い立場から、ECB総裁という金融政策の司令塔に「転職」するラガルド氏は、中央銀行の世界から見れば金融政策の「素人」だ。欧州連合(EU)から離脱する英国では「まずはお手並み拝見」と冷めた見方も目立つ。
とはいえ、国際金融市場としてのロンドンのシティーでは、世界的な中央銀行の緩和競争で米連邦準備理事会(FRB)に負けずにECBが競り合う構図が、株高の材料と見られている。市場が危惧していた、筋金入りタカ派のドイツ連銀総裁がECB総裁に指名されるというシナリオは回避された。
一方、米国側では「トランプ・マジック」が効いた。ハト派とされる2人をFRB理事に指名したのだ。あたかもハト派のラガルドECB次期総裁の登場に「FRBも緩和競争に後れをとるな」と言わんばかりの発表のタイミングである。事実、トランプ大統領のツイッターへの投稿でも、米国以外の各国が緩和に走るなかで、FRBを叱咤(しった)するかのような表現が目立った。
問題は「パウエル・マジック」ではなく「トランプ・マジック」ということ。FRBを乗っ取るかのような発言がエスカレートする。市場もFRBの政治的な独立性の問題はとりあえず棚上げ、ハト派のFRB理事2人の誕生を祝して米国株主要3指数の最高値更新で反応している。
先読みして動くマーケットでは次は「クロダ・マジック」に注目するのだが、あいにく日銀にはマジックのネタが限られる。中央銀行による株上場投資信託(ETF)購入を増やすという、世界でも日銀だけというネタは残る。だが欧米市場では官の介入とされ、海外投資家の間で評判は芳しくない。
ちなみに「ラガルド・マジック」のネタとして、ECBによる株購入の可能性は、選択肢の一つとして市場で意識されている。既に社債は購入しているので、拡大解釈すれば株購入もあり得るという期待感を込めた議論だ。
ネタ切れという点では、FRBも問題を共有する。金融緩和の余地といっても、利下げ幅がせいぜい2%程度だ。なけなしの2%をいかに有効に使って「アナウンスメント効果」を最大限引き出すか。ここでパウエルFRB議長の「マジック手腕」が問われる。それゆえ今月の米連邦公開市場委員会(FOMC)で一気に0.5%の利下げに踏み切る、という観測も根強い。もし実現すれば、高値警戒感の強い米国株がさらに買い上げられる有力な根拠となろう。
しかし、米中貿易協議が再開され、決裂という最悪のシナリオは回避された。緊急利下げを正当化するほどの状況ではない。とはいえ5日金曜日に発表される雇用統計が前月に続き悪化すれば、0.5%利下げ論も現実味が増すであろう。すでに米国の経済指標は最近、事前予測を下回る数字が目立つ。
トランプ氏の心境も複雑であろう。次期大統領選挙の前哨戦もいよいよヒートアップしてきた。自らが政権の通信簿と位置づける株価が、先走り気味で最高値を更新している。肝心の大統領選の正念場で、最高値を更新した達成感から相場が急反落するようでは都合が悪かろう。あえて株価を冷やすような、対中、対イラン強硬発言も辞さずと動くかもしれない。今のうちに不可避の調整局面はこなしておく、という発想だ。トランプ大統領にそこまでのマーケットのプロ感覚があるとも思えないが、クドロー国家経済会議委員長は米国CNBCのレギュラーコメンテーターとして、ニューヨーク証券取引所のブースに頻繁に登場していた。
ニューヨーク市場は、トランプ・マジックとパウエル・マジックの共演を期待している。
豊島&アソシエイツ代表。一橋大学経済学部卒(国際経済専攻)。三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)入行後、スイス銀行にて国際金融業務に配属され外国為替貴金属ディーラー。チューリヒ、NYでの豊富な相場体験とヘッジファンド・欧米年金などの幅広いネットワークをもとに、独立系の立場から自由に分かりやすく経済市場動向を説く。株式・債券・外為・商品を総合的にカバー。日経マネー「豊島逸夫の世界経済の深層真理」を連載。
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・ブルームバーグ情報提供社コードGLD(Toshima&Associates)
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