パワハラ禁止「一歩前進」 国際条約成立へ
仕事の世界でのあらゆるハラスメントの禁止を明記した条約が、21日の国際労働機関(ILO)本会議で成立する見通しとなった。国内法との差が大きい日本は現状での批准は難しいとみられるが、パワーハラスメント(パワハラ)の被害者や専門家などからは「一歩前進だ」と期待する声が上がった。
「お前に意見する権限はない」。民間企業が運営する関東の公共施設に勤めていた男性(58)は上司に時短勤務を申し出たところ、会議室に呼び出され、たびたび説教されるようになった。上司は他の社員に「彼の言うことは聞くなよ」と命じることもあったという。
契約社員だった男性は雇用契約を更新されず、今年3月に退社を余儀なくされた。ILOでの条約採択について、男性は「国際的にパワハラは許されないというメッセージになる。国内でも意識が高まればうれしい」と期待する。
条約は「身体的、心理的、性的、経済的被害を引き起こしかねない行為」をハラスメントと定義し、禁止する初めての国際基準だ。仕事の世界の範囲は職場だけでなく通勤中や休憩中、SNS(交流サイト)でのやり取りなども含む。社員のほか、就職活動中の学生やボランティアなども対象だ。
ただ、条約を批准するかどうかは各国の判断だ。批准には条約に沿った国内法が必要で、ハラスメント行為の禁止規定がない日本にとってハードルは高い。5月にパワハラ防止を企業に義務づける関連法が成立したが、禁止規定は盛り込まれなかった。
根本匠厚生労働相は21日午前の記者会見で「暴力やハラスメントは働く人の人格や尊厳を傷つけるあってはならない行為。新たな国際労働基準の必要性と意義は大きい」と評価しつつも、賛否については「条約案の内容、これまでのILO内での議論などを踏まえ投票に臨む」と明言を避けた。
連合の井上久美枝総合男女・雇用平等局長は「国内法の整備の前にまずは批准すると宣言することはできる。日本政府に批准を働きかけていく」と話す。
パワハラ被害による企業の人材損失は深刻だ。連合が5月に20~59歳の1千人を対象に行った実態調査によると、ハラスメント被害者の約19%が「退職・転職した」と回答。20代は3割近くが離職していた。
人材サービス大手のエン・ジャパンが2月に35歳以上の約3千人から集めたアンケートでも、8割以上が「パワハラを受けたことがある」と回答。そのうち3人に1人が退職していた。
労働政策研究・研修機構の内藤忍副主任研究員は「国によるパワハラ禁止規定の導入や、企業が対策を講じているかの監視体制の強化などが必要だ。条約制定を受け、国内でも対策の実効性を高めるための議論が進むだろう」とみる。
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