W杯からトップリーグへ 祭りの熱を日常につなげる
FIFAコンサルタント 杉原海太
今年9月から11月にかけて、日本各地で開催されるラグビーのワールドカップ(W杯)や来年夏に東京を主会場に行われるオリンピック・パラリンピックなどのスポーツイベントはある意味、世界的な祝祭といえる。祭りが巨大であればあるほど、終わった後に深い虚脱感に襲われるのも世の常だ。しかし、スポーツの場合、その非日常的な祭りの余熱を決して冷ますことなく、日常へとつなげる作業が非常に大事だと思っている。
■フォローのはずが…スタンドに空席
5月19日、東京都内で三菱地所が主催した「丸の内15丁目プロジェクト」というイベントに足を運んだのだが、そこでラグビーの元日本代表で、2011年と15年のW杯にも出場した畠山健介さんのスピーチを聞かせていただく機会があった。
80人ほどの聴衆を前にした畠山さんの話で、一番驚いたのは、ラグビーのトップリーグ(TL)を戦って一番印象に残ることに「15年W杯直後のトップリーグの開幕戦」を挙げたことだった。
15年W杯といえば、日本が初戦で南アフリカに逆転勝ちするなど、世界に大きなインパクトを与えた大会である。ここで一気に日本ラグビーに大きなフォローの風が吹くのかと思ったら、同年11月13日のパナソニック対サントリーのTL開幕戦(秩父宮ラグビー場)に集まった観衆は1万792人。この数字、前年の開幕戦(パナソニック対東芝、1万1162人)より少なかった。
チケットは形の上では完売していたが、スタンドは空席が目立った。チケットが欲しいラグビーファンはいくらでもいたのに、そこに割り当てられたボリュームが小さかったのだろう。一方でチームやスポンサー企業に配られたチケットはだぶつき、本当に欲しい人にチケットが行き渡らなかった。それが空席の原因だったようだ。
サントリーの選手だった畠山さんが11年に及ぶTLでの競技人生の中で、わざわざこの試合を「印象的」と挙げたのは、それだけ受けたショックが大きかったからだろう。代表が勝てば、おのずとその競技と周辺は盛り上がり、子供たちを中心に競技人口は増え、トップ同士の対戦には大勢のファンが詰めかける……。そんな淡い期待ががらがらと崩れ落ちたのかもしれない。
日本人は「日本が世界にチャレンジする」構図が大好きだから、競技を盛り上げるために代表チームを着火剤にするのは今も昔も有効な手立てのはず。問題は、火の手が上がったら、それをどう燃え移らせていくか。言い換えれば、非日常からどう日常に広げていくかにあるのだろう。
■「この後はJリーグをよろしく」
オリンピックでも、せっかくメダルを獲得しても、その競技全体の振興という意味では一過性の打ち上げ花火で終わる例は多い。それもまた、非日常と日常にブリッジを懸ける戦略が乏しいことが原因だろう。ラグビーも追い風は吹いていたのに、タイミング良く帆を張ることができず、普及や文化定着のチャンスをみすみす逃したというのが、実際のところではないだろうか。
そのとき、ふと思い出したのはサッカーの中田英寿さんのことだった。1997年11月、サッカーの日本代表が初めてのW杯出場をマレーシア・ジョホールバルでのアジア最終予選で決めたとき、当時まだ20歳だった中田さんは「この後はJリーグをよろしく」とテレビのインタビューで答えた。W杯予選の狂騒を、リーグという日常につなげていくことの大切さを、あの若さで中田さんは理解していたのである。
4年前のTL開幕戦に大きなトラウマを刻んだのは畠山さんだけでないようだ。ラグビーファンと話をしていると、W杯日本大会の後のことを心配する人が多い。先日、知り合ったメディア関係者もそうだった。
その人が言うには、W杯の開幕は9月20日、閉幕は11月2日で、その間、日本中がラグビーに熱くなってくれるのは間違いないと。日本代表はそれなりに力をつけているし、何といっても、世界の頂点を決める戦い。強豪同士の誇りをかけた戦い、超一流選手の磨きに磨きをかけた技が、見る者の胸を打たないはずがないからだ。
スタジアムの外もそうだ。大会にまつわる各種の権利を取得したスポンサーは、権利を買った以上は元を取ろうとするから、さまざまなアクティベーション(促進活動)を打ってくれる。ラグビー協会は代表を勝たせるために必死でサポートし、メディアも大会期間中はいろいろな形で露出を増やす。
4年前と同じく、心配なのは、そんな大会の後なのだそうだ。W杯の後、始まるTLの開幕は20年1月。つまりW杯の閉幕から2カ月以上の空白がある。その間、大学や高校といったアマチュアラグビーに関する話題はあるものの、W杯の余韻と直接タッチする感じはあまりしない。そうこうするうちに、仮にW杯で日本代表が奮戦したとしても、その熱もすっかり冷めてしまい、元のもくあみに……。そんな心配を抱いているわけである。
■知恵を出し合い、行動に移す
日本代表の奮闘や超一流選手の神業を起爆剤にラグビーのすごさが再認識されたとき、盛り上がったラグビー熱をどうTLのプロモーションやファン拡大につなげていくか。これは自然に任せて、どうこうなるものではないということだろう。
スポーツの権利ビジネスの世界で、一番の売り買いの対象は大会(試合)になる。競技もビジネスも、すべての活動は大会(試合)を中心に回っていく。裏返せば、大会(試合)のない期間に何をどうするかは悩ましい問題だ。
しかし考えようによっては、この大会のない2カ月以上の空白の期間は、ラグビー界のさまざまなステークホルダーが壁を越えて日本のラグビーの発展につながる議論をするのに絶好の機会のようにも考えられる。大会期間中は「権利の排他性」もあり、権利関係のある企業やメディアが優先される傾向もあるが、権利関係の発生しない空白の期間は、ラグビー愛をベースに、日本のラグビーを純粋に盛り上げたいと願うステークホルダーを、何のしがらみもなく結びつけられる環境とも考えられる。
協会、リーグ、チームとその母体となる企業、大学や高校を含めたアマチュア関係者、ファン、場合によっては自治体関係者にも入ってもらい、さまざまな課題を解決するための知恵をあちこちから出し合う。
畠山さんの悔しがりようを思い出すにつけ、選手や元選手もそういう活動には協力を惜しまない気がする。実は彼らが一番何かをやりたがっているのではないか。ラグビー好きは各界に大勢いるから、呼びかければ頼もしい援軍が現れるのではないかとも思う。W杯の後であり、TLの開幕前という空白の期間は、このような活動のベストタイミングとすら思える。
競技団体の関係者と話をすると、強烈なリーダーの出現を待望していると感じることがある。川淵三郎さんのイメージが強いからかもしれないが、カリスマ性のあるリーダー人が「この競技団体、組織を変えてくれるのではないか」と。しかし、そんなリーダーが都合よく現れるはずがない。
そういう上からの、誰か任せの変革ではなく、志を持つ人間が集まり、スクラムを組んで、こつこつと壁を越えるために何をやるか決めて、行動に移していく。その方がよほど現実的ではないだろうか。非日常と日常をつなぐものも、そういう地道な行為の中からしか見つからない気がするのである。