欧州中銀、利上げを半年先送り 回復シナリオに狂い
【ビリニュス=石川潤】欧州中央銀行(ECB)は6日、リトアニアの首都、ビリニュスで理事会を開き、少なくとも2020年前半までは政策金利を現状の水準に据え置くと決めた。利上げは早くとも20年夏以降になる。利上げ時期の先送りは3月に続く2度目の措置だ。米中の貿易戦争や英国の欧州連合(EU)離脱を巡る先行きの不透明感が強まるなか、ECBの緩和縮小シナリオが崩れつつある。
「少なくとも20年上半期を通して現行水準にとどまると予想している」。理事会後の記者会見でドラギ総裁は利上げ先送りを表明した。ECBは主要政策金利を0%にする一方、銀行がECBに預ける余剰資金にマイナス0.4%の金利(ECBに支払う手数料)を課している。20年前半までこの枠組みを据え置く。
理事会では「不測の事態への対応」についても話し合った。ドラギ総裁は記者会見で、追加利下げや量的緩和政策の再開、利上げ時期のさらなる延期などの案が出席者から出されたとあえて言及。緩和姿勢を強調した。
米国では米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が4日、「成長を持続させるために適切な行動をとる」と言い切り、利下げ観測が一気に広がっている。インドなどほかの中央銀行も一斉に利下げに動き始めた。ECBに対しても、次の一手を求める声が金融市場を中心に高まっていた。
ECBは18年末に量的緩和政策を打ち切り、早ければ19年秋以降の利上げを目指していた。ところが、米中の貿易戦争などでユーロ圏経済が減速し、物価上昇の動きにもブレーキがかかった。19年3月に年内の利上げを断念したのに続いて、今回の理事会ではさらに半年、利上げ時期を先送りすることにした。
金融市場ではドイツの長期金利が繰り返し過去最低を更新するなど、すでに20年中の利上げを疑う声が広がっていた。ECBはいわばこうした現状を追認したかたちで、経済・物価を下支えする効果がどれだけあるかは不透明な面もある。
ECBは3月に導入を決めた銀行への長期資金供給策(TLTRO3)で、マイナス金利でも資金を貸し出すことを決めた。銀行への補助金との批判もあるなか、異例の低金利の資金を銀行に供給することによって、企業や家計に資金が行き渡りやすくする。
ECBはもともと、リスクが和らげば、景気は力強さを取り戻し、物価もECBの目標(2%近く)に向かって上昇していくという絵を描いていた。だが、米中の貿易戦争は終息するどころか激しさを増し、春には決着するはずだった英EU離脱も結論が先延ばしされた。財政規律を無視するイタリアのポピュリズム(大衆迎合主義)政権への不安も再び広がり、ユーロ圏を覆う不確実性の霧は濃くなっていた。
景気の実態を映すIHSマークイットのユーロ圏製造業の購買担当者景気指数(PMI)は4月にいったん底を打ったが、5月には再び下落に転じた。5月の消費者物価上昇率は1.2%、ECBが物価の基調を判断するうえで重視するエネルギーと食品を除くコア指数では0.8%と、それぞれ4月より0.5ポイントも急落した。景気・物価とも力強さを失っていた。
「基本シナリオの実現に自信が持てない」。ECB内では前回4月の理事会からこんな声が広がり始めていた。成長の一時的な鈍化(ソフトパッチ)という分析は果たして正しいのか。シナリオの前提を問い直すことが、今回の理事会の最大のテーマになるなか、利上げのさらなる先送りという結果になった。
もっとも、今回の決定は本格的な金融緩和ではない。状況がさらに悪化すれば、利上げ時期のさらなる先送りだけでは経済・物価を支えきれなくなる可能性がある。18年末で終了したばかりの量的緩和の再開やマイナス金利政策(現在はマイナス0.4%)の深掘りも選択肢になり得る。
半年ほど前までは、ドラギ総裁が金融政策の正常化の道筋をつけて10月末の退任を迎えるという「花道シナリオ」がささやかれていた。だが、欧州債務危機のさなかの12年に「できることは何でもやる」と語ってユーロを窮地から救ったドラギ氏を最後に待ち受けているのは、華やかな花道ではなく、いばらの道である可能性が高い。