子供自ら身を守る 川崎殺傷受け、110番の家も再点検
川崎市多摩区の20人殺傷事件を受け、子供自らが犯罪から身を守る力を養うための取り組みに注目が高まっている。安全への感度を高め、助けを求めるなど危険回避のすべを学ぶ。緊急時に駆け込める「こども110番の家」の再点検も広がる。専門家は「実践するには日ごろの訓練が欠かせない」と話す。
■「逃げ方」を訓練
「やめろ、はなせ!」。5日午前、東京都内の公立小学校で2年生約50人が護身術を学ぶ授業に参加した。1列に並ぶ子供たちに、犯人役の保護者の男性が襲う場面を設定した。講師は都内で護身術教室を営む武道家の黒木博文さん(50)で、2013年から各地の学校でボランティアで授業を続けてきた。
授業では、大声を出せば相手を威嚇できて自分の恐怖心もなくなることや、ランドセルを背負っていても前傾姿勢で走れば素早く逃げられるすべを伝えた。20メートル以上逃げれば犯人はあきらめがちになることなどを説明し、児童は何度も走って汗を流した。
今回の事件後、黒木さんには授業の相談が相次ぐ。「自分の身は自分で守るという心構えを身に付けてほしい」と期待する。
「前からつかまれたら腕や手にかみつこう」「地面にお尻をついて大暴れしよう」――。静岡県では13年度から小学校でNPO法人の監修で体験型の防犯講座「あぶトレ!」を始めた。年々参加学校数が増え、延べ約480校で実施。県の担当者は「いざというときに動くには知識だけでなく訓練が必要」という。
■逃げ込み先、再確認
「何かあったら、このおうちに駆け込もうね」。岐阜市の長良西小では2日、地域のボランティアが1、2年生と保護者を対象に、地図を見ながら、こども110番の家の掲示のある店や民家を確認して回った。児童は協力先の玄関まで足を踏み入れてあいさつも交わし、同小の板津弘文教頭は「顔の見える関係づくりが大切」と話す。
こども110番の家は1997年の神戸連続児童殺傷事件などを機に全国に普及。自治体に登録した一般家庭や商店、事務所はステッカーなどを掲出して、緊急時に逃げ込めることを知らせる。
愛知県警は7~8月、110番の家を委託する県内約1万8千カ所を対象に講習会を開く。不審者の特徴を伝えるほか、川崎の事件を受け、子供が襲われて逃げてきた際の対応を細かく説明するという。
今回の事件では近くのコンビニ店内に逃げ込んだ児童もいた。大手コンビニが加盟する一般社団法人「日本フランチャイズチェーン協会」では約5万7千店舗が「セーフティステーション」に登録し、18年は全店舗の約5%で子供の駆け込みがあり、店員らが警察や家族に連絡して対応した。
マクドナルドでも全国約1400店舗が、こども110番の家として店先にステッカーを貼る。各地の警察などと連携し、店に助けを求める防犯教室を開いており、日本マクドナルドの広報担当者は「今後も周知に力を入れたい」と話す。
学校や登下校の安全を巡っては、2001年に大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)で、校内に刃物を持った男が侵入し、児童8人が犠牲になる殺傷事件を機に、学校施設の戸締まり強化や地域住民の見守りが進み、近年は子供の危険予測・回避能力の向上に重点が置かれる。
事件後に同校校長を務めた大教大の藤田大輔教授(安全教育学)は「子供が危険への直感力を高めるには、『自分は守られている大切な存在だ』と自尊感情を持っている状態が基盤になる。見守りに関わる地域住民らも交えて、子供が安心を感じられる安全教育を進めてほしい」と話す。
児童の心のケア 「中長期的な支援必要」
殺傷事件のあった私立カリタス小学校(川崎市多摩区)では、恐怖にさらされた児童や保護者の心のケアが求められる。
同小は5日からの登校再開で、児童が事件を思い起こさないようにスクールバスの停留所を変更、保護者の車の送迎も認めた。スクールカウンセラー2人が常駐し、相談を受ける体制も整えた。
同小を運営するカリタス学園の高松広明事務局長(65)は4日に取材に応じた際、「安心して通える環境を早く取り戻したい」と説明している。
子供のトラウマに詳しい兵庫県立大大学院の冨永良喜教授(臨床心理学)は「事件直後は、つらい記憶を思い出さない工夫が必要」という。そのうえで「時間がたち、自分を責める気持ちが高まるなどストレスが増すこともある。子供自身が被害経験を語ることで乗り越えようとする時期も訪れる。中長期的な支援体制が必要」と指摘する。