データが結ぶ菊池とバウアー 球団の垣根越え交流
スポーツライター 丹羽政善
ほぼ約束の時間に姿を見せた菊池雄星(マリナーズ)は、真新しいボールを2つ、手にしていた。
「サイン用?」とジョークを飛ばすと、「違います。教えてもらう用です」と言って、無邪気な笑みを返した。
ややあって、過去4年連続で2桁勝利をマークし、2018年にはオールスターゲームにも選ばれたトレバー・バウアー(インディアンズ)が、まだ肌寒いというのに短パン、サンダル姿で反対側のダッグアウトから現れる。
チームの垣根を越えた交流のスタートだった。
■「菊池に会ってみたい」「ぜひ!」
そもそものきっかけは、18年12月まで遡る。
バウアーがオフにトレーニングを行うことで知られ、データやハイスピードカメラを駆使してアスリートのパフォーマンス向上を支援する「ドライブライン」と、同じくデータ解析やバイオメカニクスの専門家よるアスリートの総合的なサポートを業務とする日本企業で、菊池ともパーソナルアスリート契約を結ぶ「ネクストベース」が、米野球関係者が一堂に会するウインターミーティングで顔を合わせた。
この分野で他をリードする日米の両グループが意見交換をする中で、菊池の名前が出た。ネクストベースのエグゼクティブフェローを務め、国学院大学で准教授としてバイオメカニクスを教えている神事努さんが、データを使った菊池の取り組みを紹介したのだ。すると、ドライブラインを立ち上げたカイル・ボディー氏が興味を持ち、バウアーにそのことを伝えた。
そして19年3月、NHKの「ワースポ×MLB」という番組で筆者がバウアーをインタビューした際に彼の口から、「菊池もデータを利用したアプローチに興味があるみたいだね。会ってみたい」という話が出た。その意向を菊池に伝えると、「ぜひ!」とほおを緩めた。
開幕まもない4月半ば、さっそくインディアンズがシアトルに遠征してきた。15日から3連戦。くしくも2人は15日のジャッキー・ロビンソンデーに投げ合い、菊池は6回を投げて5安打、3失点。バウアーは七回途中まで投げて5安打、1失点と互いに持ち味を発揮した。試合が終わってから菊池、バウアーの2人にそれぞれ予定を確認すると、翌日に会う流れが決まる。翌日午前、「では、午後2時にフィールドで会おう」という段取りになった。
その午後2時といえば、まだフィールドには誰もおらず、土の上にはほとんど足跡もないような時間である。すでに球場入りしている選手は少なくないが、早出特打などが予定されていなければ、室内でトレーニングなどをしている時間である。客席には座席や手すりを雑巾で拭く人が、まばらにいるだけだった。
先にダッグアウトから出てきたのは菊池。ややあって、バウアーが合流。菊池は手に持っていた2つのボールのうち、1つを渡す。彼が最初に投げ掛けた質問は、2人の会話らしく、マニアックだった。
「新しい球種に取り組むときの過程は?」
バウアーはデータとハイスピードカメラを駆使して、新球の取得や球種の改良に取り組むことで知られる。例えば2年前のオフは、14年にサイ・ヤング賞をとった同僚のコーリー・クルーバーのスライダーをコピーしようと考えた。
それはしかし、クルーバーのスライダーの回転数、縦横の変化量、回転軸のデータに自分の数値を近づけていくという気の遠くなるような作業。一球一球、データを計測しながら比較し、同時に真後ろから1秒間で最大1万8000フレームの撮影が可能な高速度カメラ(通常は3000フレームのモードで撮影しているそう)でリリース時の手首の角度、ボールが回転する様子を撮影する。最適なフォームが見つかると、後はひたすらその運動が自動化するまで投げた。
「あのときは5000球以上投げた。8000球近かったかもしれない」(バウアー)
菊池もそれを耳にしたことがあったのでより詳しく聞きたかったようだが、話はチェンジアップの回転軸、スライダーを投げるときの手首の角度のほか、回転軸と変化量の相関性に移る。さらにはパフォーマンスを最大限に高めるための行動分析、例えば睡眠時間の管理、カロリーの摂取量にまで及んだが、それを聞く菊池の表情は真剣そのものだった。
おそらく日本では、チームを越えたところで、選手同士が持っている技術を教え合うということはあまりない。自主トレーニングでは他球団の選手と合同で行うこともあるので、そういう機会もあるかもしれないが、シーズン中にというのは見られない光景ではないか。大リーグでも決してそういう機会が多いわけではない。また、敵にプラスになることを教えるべきではない、という考え方もないわけではないが、バウアーは意に介さない。彼が考えているのは、球界全体の発展なのだ。
「互いが教え合いながら切磋琢磨(せっさたくま)すれば、ファンはより高いレベルの戦いを楽しめる。そうすれば野球はもっと魅力的なものになるはずだ」
■「何でも答えてくれる」と刺激受け
そもそも彼は動画などで、データを使った自らの取り組みを一般に公開している。そんなデータを重視したアプローチについて彼は、「俺は単にオタクだから」と笑うが、「今までこうじゃないかと漠然と経験値などで語られていたことが、データで証明されるようになった。であれば、それを利用しない手はない」と語り、続けた。
「例えば、リリース時にどの指にどんな力を加えると、どのくらい回転軸が変わって、どうボールの動きが変わるのか。突き詰めていくと、面白くないか? こっちが好奇心をそそられることは、ファンもきっと知りたいことだと思うんだ。昔、動画を作って公開したときには、『何をやってるんだ?』と変わり者扱いされたけど、データが普及してからは、多くの人が興味を持ってくれるようになった」
バウアーは話し始めると、止まらなくなる。昨年も今年の春も、NHKの番組で彼にインタビューをしたが、10~15分の予定が50分に達した。
「同じ年(1991年)の生まれなんですよ」という菊池は「でも、すごい。聞いたら何でも答えてくれる」と目を輝かせた。
それは、その差を思い知らされ圧倒されたというより、面白いやつと知り合えたという刺激が勝っているように映った。