「一生に一度」販売盛況 ラグビーW杯(ルポ迫真)
9月にラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の開幕を控え、大会組織委員会の幹部は早くも安堵の笑みを見せる。「赤字の懸念は消え、黒字が出そうだ」。2019年3月時点でチケット収入の見込みは290億円。02年サッカーW杯日韓大会の入場料収入約250億円を上回る。大会を待つファンの熱気は組織委の想定を超えていた。
1年半ほど前の17年末、組織委の幹部は表情を曇らせていた。「赤字が130億円に達するかもしれない」。通信設備などへの投資により、開催費用が初期の320億円から500億円超に増加したためだ。
ラグビーW杯は、五輪やサッカーW杯と違って開催国の黒字化が難しい。収入の柱であるテレビ放映権料やスポンサー収入のほぼ全額を国際統括団体ワールドラグビーが持っていく。組織委の主な食いぶちは入場料収入だけだ。
肝心のチケット販売は苦戦が見込まれていた。決勝の一部の席は10万円に達する高額商品だが、日本のラグビー人気は低迷していた。社会人トップリーグの1会場当たりの平均観客数は約5000人にとどまる。
膨張した費用をカバーする手立ては乏しく、「税金で穴埋めするしかないのでは」と弱気な声が漏れていた。
ところが18年1月、同一の会場やチームのチケットをまとめたセット券を先行発売すると、1カ月の間に101カ国から86万枚分もの応募があった。一部の商品の抽選倍率は34倍に達した。
19年1月に先着順のチケット販売を始めるとウェブサイトに申し込みが殺到し、一時10万人が手続き待ちとなった。日本戦などの人気カードは即完売。「過去の大会のペースや想定を上回っている」と組織委の事務総長、嶋津昭(75)は相好を崩した。
一部売れ行きの鈍いカードもあるが、3月にはチケット販売で当初予想の約130万枚を達成し、予想をプラス10万枚、上方修正した。
サプライズの原動力の1つがコアファンの熱だった。公式のキャッチコピーは「4年に一度じゃない。一生に一度だ」。その言葉通り、ボーナス3年分の約300万円をつぎ込んだラグビーファンの会社員もいる。
体験重視のコト消費の盛り上がりも追い風になった。「世界一のスポーツ大会を見たいというライト層の購入も予想を上回る」と組織委幹部は分析する。
組織委は当初、前回の大会を参考に海外から訪日するファンを約40万人とみていた。こちらについても「60万人を超えるようだ」と嶋津は手応えを口にする。
英国在住のコンサルティング会社勤務、スティーブ・ウォーターリッジ(60)は、4試合で最高額の席を4人分購入。総額は約40万円となったが「日本に行くだけでお金が掛かるから、いい券を買いたかった」。訪日中の12日間に東京、神戸など6都市を回る予定で「富士山に登ったり広島で歴史を学んだりしたい」と声を弾ませる。
海外のラグビーファンは他競技より高所得者層が多いとされる。1カ月半という開催期間の長さも滞在日数を延ばすことにつながり、経済効果は膨らんでいく。
チケット収入だけでなく、組織委の収入全体も564億円まで増えた。協賛宝くじから100億円、サッカーくじから79億円。会場となる自治体からの39億円も合わせると、計218億円に達する。「結局、収入の半分近くが公的なお金になった」と、組織委の幹部は驚きを隠さない。
元総務事務次官の嶋津は「自治体幹部や宝くじの関係者に驚くほど顔が利く」(組織委幹部)。その人脈を活用し、収入を確保していった。同様の仕組みはサッカーの日韓W杯でも使われ、日本のスポーツ大会の常道ともいえる。
大会の財政的な「失敗」は遠のき、土台は固まった。組織委に求められるのは、世界のファンの期待に応える大会全体の「成功」だ。(敬称略)
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サッカーW杯、夏季五輪と併せ、世界の3大スポーツ大会と呼ばれるラグビーW杯の開幕まで5カ月を切り、開催準備は最後のコーナーに入る。ピッチで戦う日本代表や組織委、企業や自治体のラストスパートを追う。