人民元急落 4カ月ぶり安値 当局に容認観測
「米国債圧縮」にも思惑
【上海=張勇祥】通商問題を巡る米国と中国の対立が激しくなり、人民元相場への下落圧力が強まってきた。中国当局が輸出下支えを狙い、元安を容認しているとの見方がある。保有する米国債を売却するとの臆測も漂う。米国の制裁関税に対する中国の報復関税の余地は小さい。金融面で米国に対抗する可能性がささやかれるが、中国も資金流出などの副作用に直面しかねない。当面は米国との交渉継続を優先する公算が大きい。
中国人民銀行(中央銀行)は14日、人民元取引の基準値を1ドル=6.8365元に設定した。1月上旬以来ほぼ4カ月ぶりの元安水準だ。日中の取引では一時、同6.88元まで元が売られた。大手銀行の為替取引担当者は「米中の関係悪化は元売りの材料だ。どこまで元安が進むか、市場は当局の意向を手探りで売買している」と指摘した。
元安は海外で取引される「オフショア人民元」で先行し、13日時点で1ドル=6.91元まで下げる場面があった。投機筋が多い海外で元が売られた後、一定の時間をおいて中国本土の市場でも元安になったことは、当局の容認姿勢を示唆しているとの受け止めが多い。
「2018年に米国が発動した対中制裁関税の影響は元安によって一定程度、相殺できた」。中国銀行の王有鑫・研究員は説明する。元の対ドル相場は18年春の1ドル=6.2元台を高値に、米中貿易戦争が激しくなるにつれて下落した。
18年12月、アルゼンチンでトランプ米大統領と習近平(シー・ジンピン)中国国家主席が会談すると元安にいったん、歯止めがかかった。だが5月5日、トランプ氏が10%にとどめていた2000億ドル(約22兆円)分の対中制裁関税を25%に高めると表明すると、元は1ドル=6.7元前後から1週間ほどで同6.8~6.9元に下がった。
トランプ政権はかねて元安が貿易赤字の原因だと批判してきた。仮に中国当局が元安を容認していれば、通商協議で米国に譲らないという強硬姿勢を示すことになる。
市場には中国が米国債の保有を減らすのではないかとの思惑もある。中国共産党系の環球時報の幹部が13日「多くの中国の学者が米国債を圧縮する可能性を議論している」とツイッターに投稿したためだ。米国産の農産物の購入や米ボーイングへの航空機の発注を減らす可能性にも言及した。市場では中国政府の意向を反映しているのではないかと話題になった。
中国の対米貿易(モノ)は輸入よりも輸出の方が圧倒的に多い。このため関税引き上げのカードは米国ほど多くは持ち合わせていない。これまでは、世界最高の約1兆1千億ドルに達する保有米国債の扱いが対米外交における「抜かずの宝刀」だといわれてきた。18年には崔天凱・駐米大使が米国債の購入を減らす可能性について「あらゆる選択肢を検討している」と述べ、含みを持たせた。
米国債の最大の投資家が売りに転じれば米金利が急上昇しかねない。米政府の利払い負担はもちろん、企業の調達金利も跳ね上がり、米景気を締め付けかねない。米国で19年後半の景気減速懸念がなおくすぶるなか、金利が上昇局面を迎えれば経済への打撃は大きい。
こうした露骨な報復でなくても中国による米国債の保有高は減る可能性がある。中国はここ数年、経常黒字が減少し、米国債を買う原資が細ってきている。関税引き上げで貿易黒字が目減りすれば、米国債残高は減少へ向かいかねない。
実際に中国が米国債の圧縮に動くかは現時点で不透明だ。米国債を売って得た資金の振り向け先の確保は難しい。安全性の高い米国債の保有高が減れば中国経済の信認も揺らぎかねない。中国が米国債を圧縮して米景気が減速すれば世界経済に打撃で、米中関係は通商問題を超えて泥沼化しかねない。「宝刀」を抜けば「返り血」を浴びる。
元安容認も同様だ。元安は制裁関税の打撃を和らげるが、行き過ぎると資金流出懸念が再び高まる。中国当局は15年後半から17年半ばにかけて浮上した資金流出懸念を抑えるため、資本規制を繰り出した。だが、それは海外市場で人民元の評判を損ね、いまも国際化の足かせになっている。
現時点では米中とも決定的な対立は望んでいない。両国は6月の首脳会談実現に向けて調整している。米国債の保有高や元相場は、米中の交渉が進んでいるかどうかを測る手掛かりにもなる。