阪急梅田駅切符の「田」なぜ変 識別便利、先人の知恵
とことん調査隊
阪急梅田駅で切符を購入すると、梅田の「田」の字が不思議な表記になっていることに気が付いた。印字ミスかと思ったが、定期券や回数券にも同様の表記が見られる。いったいなぜ? 謎を探ると、大阪の街が急成長を遂げた時代ならではの事情が透けて見えてきた。
問題の表記は、阪急梅田駅で購入した切符の印字。梅田の「田」の部分が、本来の漢字(「口」の中に「十」)ではなく、「口」の中が「メ」のような形になっている。調べてみると、切符のほかにも、定期券やプリペイド式乗車券、回数券などで同様の表記が使われている。
ホームの駅名看板や時刻表などは漢字の「田」なのに……。何か事情があるはず。阪急電鉄本社(大阪市北区)を訪ねると、広報部課長補佐の正岡裕也さんから意外にもあっさり答えが返ってきた。「梅田駅から乗車した利用者を識別しやすくするためです」
阪急の路線には梅田駅のほかに、駅名に田が付く駅が「池田」「園田」「吹田」「山田」「富田」の5つある。このうち乗車する利用者が最多で、各駅の改札で最も多く扱われるのが梅田発の切符。改札で係員が切符を確認していた時代、大量に扱う梅田発の切符と、駅名に田が付く他の駅発の切符を目視で瞬時に識別するため、目に留まりやすい変形表記を編み出したという。
ただ変形表記を始めた時期や誰がデザインしたかなどは定かでない。公式の資料や当時を知る社員は残っておらず、過去の社史などにも該当する記述はない。社内伝承の"定説"というわけだ。
それでもさらに調べを進めると、おおよその時期が浮かぶ。阪急路線の駅に券売機が設置されたのは1954年。このとき切符の梅田の印字は「田」だった。その後、67年に阪急路線で初めて北千里駅に自動改札が導入。このときには既に田の変形表記が使われ始めていたとみられ、田の変形表記は60年代ごろに始まったと推理できる。
データを調べると、梅田駅は阪急の駅の中で利用者数が最も多い。2017年の乗降者数は通年平均で1日あたり約51万人の首位。2位の神戸三宮駅(同約10万人)と比べても断トツだ。しかも自動改札が導入された67年は、それを上回る約63万人が梅田駅で乗降していた。当時、社会は高度経済成長の真っただ中。こと大阪は70年大阪万博に向けて活気にあふれていた。
阪急の路線は1910年に宝塚線が開業して以降、神戸線、京都線などが次々と開業。並行して沿線の開発が進み、人口も拡大した。梅田駅はその各線が乗り入れる「扇の要」の駅であり、通勤・通学をはじめとする利用客も膨らんだ。改札で梅田発の切符を識別しやすくする必要があったのもうなずける。
変形表記導入の謎は何とか解けたが、もう一つ疑問が浮かんだ。なぜ現在も変形表記が存続しているのか? 1980年代には阪急路線全駅への自動改札導入が完了。係員が切符をチェックする必要はなくなった。特殊な文字フォントを使えば発券機の設定などコストもかかりそうだが、「コストも手間も変わらない」(広報部)という。
梅田駅で利用者らに変形表記について聞くと、「言われて初めて気付いた」という人がいる一方、「昔から目にしているから疑問に思ったこともない」「しゃれ心がある」などといった声が聞かれた。
阪急電鉄によると、変形表記を続けている明確な理由は特になく、現時点で変形表記を変える予定もないという。何だかけむに巻かれた気分だが、同社の中ではこんな声もある。「(変形表記は)高度経済成長期に先輩たちが生み出した知恵。要不要とは関係なく敬意を表したい」。不思議な文字に対する一つのこだわりを見た気がした。
(松本勇慈)
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