角界の伝統、令和へ 厳しく親身の指導が大切に
大相撲夏場所は12日、両国国技館で初日を迎える。元号が令和に変わって最初の本場所を迎える前に、これまで昭和、平成と築き上げてきた相撲の伝統をいかに次世代へ受け継いでいくかという問題について考えておきたい。
今場所前、3月の春場所千秋楽の優勝インタビューで観客とともに三本締めをしたとして、横綱白鵬が日本相撲協会からけん責処分を受けた。本場所は最後の「神送りの儀式」で締めるもの。理事長や担当部長の指示もないのに、儀式の前に一力士が勝手に締めていいわけがない。
今回の件に限らず、角界の伝統やしきたりに関わる問題が起きると、外国出身力士に対する教育が課題だといわれることが多い。だが、大事なのは弟子が日本人か外国人かではなく、その弟子をちゃんと教育できるかどうかだ。
角界には15歳で入ってくる力士も少なくない。しかも皆、強くなることだけを考えて必死になってやっている。知らないことばかりなのは当然だ。それを知らないまま強くなり番付が上がっていってしまうと、たとえ教えられていなくても勉強していない自分が悪いといわれてしまう。そうならないように、若いうちからしっかりと厳しく教育する必要がある。
現在に近い形で本場所が開催されるようになったのは江戸時代と聞くが、相撲の歴史は神話の時代までさかのぼる。そうした伝統を全て知ろうとしたら、たとえ定年退職までかかっても無理だろう。日々の生活の中で少しずつ、周りに聞きながら覚えていくしかない。
■しっかりした兄弟子がいるかも重要
昔ながらの風習も残る相撲部屋での生活は簡単なものではない。生まれ育った文化も違う外国人であればなおさらだ。見て、聞いて覚えることも多いだけに、その部屋に強くてしっかりした兄弟子がいるかどうかも重要だ。師匠も24時間ずっと一緒にいるわけではないので、見えないところもある。そこで何かがあったとき駄目だよと教育でき、厳しく接してくれる兄弟子がいればきちんと育っていくはずだ。
私の場合、それは他の部屋の関取だった。自分が三段目の頃から頻繁に出稽古へいくようになり、時には場所中ですら構わず、近い部屋ならどこへでも行ったものだ。今は他の一門の部屋へ出稽古すると珍しいことのように言われるが、私からすれば全く当たり前の話だ。
出稽古先では、もういいよといわれるまでひたすら稽古に励んだ。自分できついと思っても、絶対に稽古をやめさせてくれない。そこまでやることで、自分が思った以上にできることを知る。20~30番くらいで精いっぱいだと思っていたものが、50~60番やるのが当たり前になる。自分では限界を超えるのは難しいから、厳しく指導してくれる人がいた方がいい。誰かにやらされて初めて気づくことがたくさんある。
もちろん今はたたいたり暴力を振るったりすることはないし、昔のままのやり方ではいけない。厳しいことをしっかり言いつつ、ちゃんとフォローもしながら物事を一つ一つ教えていけば、15歳で入ってきた子も素直に成長していくものだ。18歳くらいになると"反抗期"に入る弟子もいるが、ストレスがたまるようなことがあれば稽古場でいくらでも発散すればいい。
今では師匠が指示する前に、勝手に稽古を終わらせてしまう力士すらいる。それではまともな稽古にならないし、壁を突き破れない。果たして今、ちゃんとした四股を100回踏めといったらできる力士が何人いるだろうか。かつては当たり前のようにやっていたことが平成の30年間で失われてしまった部分があるのかもしれないが、良い部分は残し、駄目なところは改めて、決意を新たにやっていかなければならない。
土俵の中を見れば、今場所は見どころも多く面白い展開になりそうだ。昭和生まれのベテランたちはまだまだ健在だが、若手の筆頭格の新大関貴景勝がそこに一歩踏み込んできた。さらに阿武咲や御嶽海、阿炎らが続いていけば楽しみだし、これから番付を上げてきそうな幕下力士もいっぱいいる。平成の初めに若貴を中心とした相撲ブームが巻き起こったように、令和元年にも生きのいい力士が次々と頭角を現して、相撲界を盛り上げてほしいと願っている。
(元大関魁皇)