トランプ氏、危険な賭け再び 中国は補助金譲らず
【ワシントン=河浪武史】トランプ米大統領が5日、中国製品の関税引き上げを表明し、中国への強硬姿勢を再び強め始めた。同氏は直前まで「対中協議は極めて順調だ」と主張していたが、交渉決裂の懸念も浮上する。突然の方針転換には、中国がハイテク産業の補助金の完全撤回には応じず、米政権内の対中強硬派がトランプ氏に強く圧力をかけたことがある。
米中はライトハイザー米通商代表部(USTR)代表らが訪中し、4月30日から2日間の日程で劉鶴副首相らと協議した。帰米した訪中団は5月2日、ホワイトハウスに交渉状況を報告。トランプ氏は翌3日に「対中交渉は非常に大きな歴史的な取引になりつつある」と記者団に語り、週内に最終決着するとの見方まで浮上していた。
それが一転し、トランプ氏は5日のツイッターで「中国の交渉は遅い。関税は25%に上がるだろう」と突如表明した。強硬姿勢への唐突な再転換には、8日に訪米する予定の劉鶴氏に、抜本譲歩を求める一種の「脅し」との見方も浮かぶ。
ただ、習近平(シー・ジンピン)体制の体面を重視する中国は、2000億ドル分の関税引き上げが決まった18年9月以降、数カ月にわたって閣僚級協議をキャンセルした。トランプ氏の関税引き上げ案は、対中協議が決裂して貿易戦争の決着が遠のくリスクも織り込んだものだ。
交渉が最終局面で暗転しつつあるのはなぜか。米経済団体幹部は「米中協議は知財保護など90%を超える部分で決着していた。ただ、中国の産業補助金を巡って最後の最後まで折り合えていなかった」と明かす。
「経済強国」を目指す習政権は産業育成策「中国製造2025」を掲げ、ハイテク産業などに巨額の補助金を投じてきた。米政権は世界貿易機関(WTO)ルールに抵触する産業補助金の全面撤廃を要求。中国が重視する高速通信網「5G」や人工知能(AI)は軍事技術にも直結するだけに「中国のハイテク政策は極めて危険だ」(ナバロ大統領補佐官)と目の敵にし続けてきた。
中国側も「中国製造2025」を公に掲げるのを取りやめ、産業補助金の削減も協議に応じるなど、米国に譲歩する姿勢をみせてきた。ただ、巨額の産業補助金は中国の急成長を支えた「国家資本主義」の根幹だ。景気の下振れリスクも強まり交渉の最終局面になって「中国は中央政府の補助金削減は認めたが、その裏で地方政府の補助金の見直しを渋るなど小出しの姿勢に終始した」(米経済団体幹部)という。
トランプ氏は「米政権内で最も中国との合意をのぞんでいる」(ホワイトハウス関係者)とされていた。ウォール街出身で対中融和派のムニューシン財務長官をライトハイザー氏に常に同行させたのも「米経済や市場への影響を考えて交渉のバランスをとるため」(米財務省幹部)だった。
ただ、ライトハイザー氏やナバロ氏ら対中強硬派は「中国は約束を破り続けた歴史だ」と、中国製品に課す関税を維持するよう求めた。対中強硬派はペンス副大統領も担ぎ出し、トランプ氏に「妥協せずに中国の構造改革を引き出す必要がある」と主張。トランプ氏も「関税は当面維持する」と方向を転じ始めた。
トランプ氏の最大の懸念は一時急落した株式市場だった。同氏は米連邦準備理事会(FRB)に利下げを要求。パウエルFRB議長が利上げの停止を表明すると、ダウ工業株30種平均は史上最高値に迫る水準まで回復。トランプ氏にとっては中国に一段の譲歩を迫る余地が生まれていた。
20年の大統領選も強く意識する。民主党から大統領選に立候補したバイデン前副大統領は1日の演説で「中国は悪い人々でもなく、競争相手ではない」と主張した。トランプ氏はすかさず「本当に間抜けだ」とバイデン氏を攻撃。対中強硬策は20年の再選を見据えた「カード」の一つになる。
米中協議の当初の期限は3月1日だった。交渉は延長を繰り返してきたが、金融市場はそれを「合意に向けた休戦」と受け止めてきた。一転して貿易戦争の解決が遠のけば、投資家心理も企業心理も悪化する。景気や市場を重視するトランプ氏にとって、度重なる「関税カード」は危うい賭けとなる。