ウッズVで大盛況 裏にマスターズ委員会の英断
公益財団法人日本ゴルフ協会専務理事 山中博史
今年も男子ゴルフのマスターズ・トーナメントに、レフェリー(競技委員)として呼ばれて行ってきました。初めて呼んでもらった2002年から、早いもので18回目のマスターズです。相変わらず年齢的には下から数えたほうが圧倒的に早いのですが、18年目ということで随分とベテランとして扱ってくれるようになった気がします。
招待状が届いたのが19年の1月、選手ほどではないにせよ、今年も呼んでくれるのかな? とドキドキしながらの年末年始でした。招待状を受け取ったときはもちろんうれしかったのですが、特に今年はゴルフ規則が大きく変わった年でもあるので、大丈夫かなという不安を抱えながら、いよいよ日本を出発するときが来ました。
■18年目で初めて11番ホール担当に
舞台となるオーガスタには4月7日の夕方に入り、翌月曜日に受け付けをしてバッジや必要書類をもらって、午後から少しコースを歩きました。今年のオーガスタは雨が多く、例年に比べてグリーンもフェアウエーもソフトな感じで、距離が出てスピンコントロールのうまい選手が有利ではという印象がしました。すでに今年の担当も発表されていて、私は初日が11番、2日目は2番、3日目は15番、最終日が3番ホールの担当でした。
実は、過去17年間で11番ホールだけ担当したことがなかったので、この日は特に11番ホールをしっかりとチェックして、考えられる問題点を頭にたたき込みました。11番は毎年難度が1番目か2番目と難しく、過去に何度もドラマが起きているホールです。
1988年のマスターズで青木功プロ(現日本ゴルフツアー機構=JGTO会長)のキャディーをやらせていただいたときも、「何てタフなホールなんだろう」という印象がありました。そのときよりさらに50ヤード近くも距離が延び、しかも右サイドには樹々が植えられ、ティーイングエリアやセカンド地点、グリーン周辺の池、そしてグリーン上や周辺から見てもまさにモンスターホールという印象です。頼むから初日は、難しい左サイドにはカップを切らないでほしい、風が吹かないでほしいと祈る気持ちでこの日のコースチェックを終えました。
■11番ホール、初日だけで8球が池に
火曜日は例年たくさんの会議やミーティングが入っており、ほとんどコースに出る時間がありませんでした。水曜日の朝には競技委員会が開かれ、各委員の紹介のあと、今年のコースコンディション、週間天気予報、ローカルルール、緊急避難シフト、無線の使い方、その他の注意事項が伝えられます。特に競技委員は決して目立つところにいないようにというお達しがありました。昨年、何人かの委員がTVカメラに映りこむところにいて、その映像を流して念押しされました(映っていた委員の顔は名誉のためにボカシが入っていましたが)。
その後、全員で記念写真を撮り、1番ホール横にある臨時の動かせない障害物(temporary immovable obstruction、我々はTIOと呼んでいます)からの救済に関するおさらいをしました。TIOというのはトーナメントのために設置される障害物で、たとえばギャラリースタンドや速報板、テレビ中継用施設、仮設トイレなどを指します。夜には、オーガスタナショナルの会長主催のカクテルパーティーに出席し、ホテルに帰って再度頭の中で11番ホールのシミュレーションをしながら床につきました。
大会初日の朝、競技委員ルームに行き、最初に天気のチェック、そして11番ホールのホールロケーションを見ました。ある程度予想はしていましたが、初日から左端の池の近くに切ってあり、改めて気が引き締まりました。11番ホールは2人の委員で担当するのですが、1人はセカンド地点、もう1人がグリーンサイドです。
この日の私のパートナーは米PGAツアーの競技委員で、セカンド地点に修理地となりうる箇所が多いので彼がそちらを担当し、私は終日グリーンサイドの担当をすることになりました。この日は風もなく穏やかな天気だったのですが、それでも1日で8個の球が池(イエローペナルティーエリア)に入るなど、合わせて11件ほどの処置に立ち会いました。幸い、複雑なルーリングはなかったのですが、改めてこのホールの難しさを痛感させられました。
2日目は数件のルーリングがあったほか、途中で雷雨の接近で競技が中断しましたが、特に大きなトラブルもなく過ぎました(実は、競技が中断したときはすでにすべての選手が私の担当する2番ホールを通過していたので私にはラッキーでした)。
■救済地点は右サイドか左サイドか
問題は3日目に担当した15番ホールで起きました。ある選手が2オンを狙って打ったのですが、球が大きく右にそれてTVカメラ台の脚にくっついて止まったのです。処置自体はそれほど難しくないのですが、問題は救済のニアレストポイントが左右どちらになるかでした。選手が到着する前に測ってみたのですが、僅かに右サイドのほうが近いようでした。ただ右サイドには樹の枝が張り出しており、左サイドは何の障害もなくグリーンが狙える状況でした。
TVカメラ台のようなTIOは物によっては両サイドに救済が認められるのですが、このTIOはそれが認められていませんでした。案の定、選手が来て説明しても納得せずに、測る角度がおかしいとか、同距離なのでどちらにも行けるはずだと言って譲りません。私の計測では15センチほど右サイドのほうが近かったのですが……。あまりにもすごい形相でアピールしてくるので、私もセカンドオピニオンを求めることにしました。
やはりこういうときにネイティブに英語を話せない辛さが出てきます。細かいニュアンスがどうしても伝わらず、情けない気持ちになります。結局、セカンドオピニオンも同じ意見で彼もようやく諦めて右サイドにドロップしたのですが、何となく後味の悪いルーリングになってしまいました。選手の名前は……やめておきますね。そして最終日は、球がギャラリー(パトロン)のチェアの上に乗ってしまったという1件だけで平和に終わりました。
■まさかのツーウエー決行が大当たり
今回、最も驚いたのは、最終日のスタート方法でした。当初から最終日の天気予報がかなり悪く、午後には大きなストーム(嵐)が来るということでした。最悪の場合は月曜日まで延期かもしれないという話も出て、実際に我々レフェリーにも月曜日まで残れる人の打診があったくらいです。
通常のツアー競技ですと、こういう場合はスタートを早めたり、ツーウエー(アウトとインに分けてスタートさせる)にしたりして対応するのですが、何といってもここは伝統を重んじるマスターズです。例年、コースが最もきれいに見える午後7時にホールアウト設定し、プレーオフや表彰式を暗闇の中で行うこともいといません。ところが、今回は土曜日の午後に早々と最終日は3人1組のツーウエーで行い、午後2時半のホールアウト設定にし、外での表彰式セレモニーも行わないという発表をしたのです。その情報が競技委員回線(無線)で流れて来たときには「まさか!」と思いました。
結果としてこのジャッジが大当たりで、ホールアウトして間もなく雷雲が接近してかなりの雨が降ったのです。伝統や格式を重んじるマスターズですが、今回の臨機応変な対応はみんなが驚いたと思います。午後7時ホールアウトで準備していたテレビ局はさぞかし大変だったと思いますが、日曜日中に大会が終了し、選手や関係者、メディア、観客、私たち競技委員、そして翌週の大会の主催者もホッとしたのは間違いありません。
大会はご存じのようにタイガー・ウッズの劇的な復活優勝で大変な盛り上がりでした。ですが、タイガーの優勝の裏にはこうしたマスターズ委員会の英断があったのではと思います。結果論ですが、もしいつものように2人組で回っていたらタイガーは最終組ではなく、試合展開も違っていたかもしれません。毎年、何かを教えてくれるマスターズは私の永遠の教科書です。