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女子マラソンの土佐礼子さん 五輪の棄権が残した痛み

マラソン 土佐礼子(1)

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2000年代、抜群の安定感で日本の女子マラソン界をけん引したのが土佐礼子(42)だ。アテネ、北京と2大会連続で五輪に出場し、世界陸上では2大会で銀、銅のメダルを獲得した。女子マラソンで世界陸上のメダルを2つ持つのは日本で彼女だけだ。

◇   ◇   ◇

静寂に包まれた広いリビングルームには、土佐礼子が豆をひき、丁寧に入れたコーヒーの香りが漂っていた。早春の瀬戸内海に沈んで行く夕日を眺めながら、2児の母はコーヒーを注ぐ。

「一瞬の静けさなんですけれどね……。ほんのちょっと贅沢(ぜいたく)な時間です」

小学3年生の長女と年長になった長男が帰宅する前、短い静寂を噛みしめるように言う。

日本女子マラソン界が、まばゆいほどの輝きを放った黄金時代を築いたランナーは今、故郷松山市で子どもたちの成長を見守り、松山大学に勤務する夫、村井啓一の仕事を支え、穏やかな日々を送っている。

特別な縁がある名古屋

3月、来年の東京五輪マラソン代表選考会となる「マラソン・グランド・チャンピオンシップ」(MGC)出場権をかけた名古屋ウィメンズマラソンが行われた。現役時代、名古屋は特別な縁をつないだレースばかりだった。

2000年のシドニー五輪を前にした選考会、名古屋国際女子マラソン。五輪出場権をこのレースで獲得した高橋尚子に2分差をつけられたが、2時間24分36秒(当時日本歴代4位の好記録)で2位となり、世界最高峰で争う日本女子マラソン界にデビューする。04年の同マラソンでは、一時はトップと大きく引き離されながら、残り5キロからの大逆転優勝を果たしてアテネ五輪出場権を手中にした。学生時代に練習で出場した地元の愛媛マラソンをのぞき、2位が3回、4位が1回と「シルバーコレクター」になりかけていたキャリアを一変させた会心のレースでもあった。

そして12年、現役最後、生涯15本目の競技マラソンもまた名古屋だった。

「少し前でしたら、もうちょっと若ければ、と考えながら名古屋を見ていたのかもしれません。こうやって走れたかな、と想像した時期もありましたが、今はもう、ただただ懐かしい、その一言です。よく走っていたなぁと、現実だったのか分からなくなるほど昔の出来事に思えてしまいます」

優しく笑いながら、2杯目のコーヒーをカップに注ぐためキッチンに立った。横顔に淡い夕焼けが映し出される。

「昔の出来事」には、懐かしいと振り返ることのできるものもあれば、今でも「懐かしい」では語り切れない辛い経験も共にある。

04年のアテネに続き2度目の五輪出場をかなえた08年北京を前に、ずっと抱えていた左足外反母趾(ぼし)の痛みが右足にも出始めていた。

栄冠とリスクは隣り合わせ

日本の女子マラソンがシドニーの高橋尚子、アテネの野口みずきと連続で五輪金メダルを獲得し、2時間20分を3人が突破するような黄金時代を築いた一因は、辛い現実だが、海外勢がひるむような驚異的な練習量にあった。止まるか金メダルか、そのボーダーラインは、彼女たちが自らの肉体、精神の限りを尽くして全速力で走り続けなくては判明しないほど未踏の分野で、輝く栄冠とリスクは常に隣り合わせでもあった。

不利な身体能力を埋めたのは、女子でも月間1000キロを超えるような走行距離であり、高橋尚子が挑んだ標高3800メートルでの高地トレーニングであり、それらはいつもライバルを圧倒する常識外のメニューだった。スピードのない土佐は、自分を徹底的に追い込み、決して諦めず、たとえ離されても地獄の底からはい上がってくるかのような粘りで独自のスタイルを磨き上げた。

北京前、疲れると痛みが出る左足をかばってトレーニングを積む中、右足の同じ外反母趾に痛みが出る。中国での高地合宿の予定を繰り上げて帰国し、精密検査を受けると幸いにも骨折などはなく、自転車や水泳を組み込んで足への負担を軽減した。痛み止めの薬は服用したが、過酷なレースで果たしたアテネ五輪5位入賞の手応えから、北京ではメダル、最低でも入賞を狙うつもりでスタートラインに立った。

それまでのレースのうち優勝3回、2位3回、3位2回、全レースが5位以内と、男女例をみないほどの「安定感」を誇るマラソンランナーが、25キロ付近で止まった。キャリアでたった1度だけの棄権がまさかオリンピックになるなどと、想像もしていなかっただろう。

あまりに深い失望を乗り越える過程は、誰もが尻込みする厳しい練習に耐えるよりもはるかに難しかったに違いない。

何が起きたのか、自分の心の中を丁寧に整理し、ようやく人に話せるようになるには長い時間が必要だった。

今、育児を優先させながら、長年所属する三井住友海上火災保険の人事部「スポーツ特別社員」としても活動をする。市民ランナーとの交流イベントに参加し、ゲストランナーで招待を受けて市民レースを走り、地元での講演も行う。

長女が小学校に入った2年前から、毎年、ある授業を続けている。10歳、4年生を対象に「ゆめタイム 2分の1成人式をしよう」と題した課外授業の依頼をもらった時、少し迷ったのだという。

「オリンピックのメダルを見せてあげられるわけではありませんし、私に何が話せるんだろうと考えました。でももしかしたらあの経験で、子どもたちにはいつか、何かを伝えられるかもしれないと、思い切って参加させていただきました」

誰より驚いたのは、母親を小学校で見つけた長女だった。

「何でお母さんがここにいるの?」

きょとんとした顔でそう言った娘も、2度目の昨年は「マラソンの授業に来たんでしょう」と、うれしそうに声をかけに来た。オリンピックもマラソンも、まして自分の母親がそこに2度も立った偉大なランナーなのだともまだ知らないが、来年は長女の前で授業をする。

日が暮れたリビングに、階下から子どもたちが勢いよく駆け上がってくる音が響き始めた。

「あー、愛しのカイジュウちゃんたちが帰ってきましたぁ」

そう言って、階段の上で子どもたちを抱きとめるためソファから立ち上がった。子どもたちはママに突進し、後ろから、仕事を終えた夫が笑顔で「ただいまぁ」と入って来る。静かだった部屋は一変した。

北京での途中棄権から12年目、深い痛みについて話を聞ける日がようやくやって来た。

=敬称略、続く

(スポーツライター 増島みどり)

土佐礼子
 1976年6月、愛媛県北条市(現松山市)生まれ。中学まではバスケットボール部に所属。松山商業高校で陸上競技を始め、松山大学でも主に中距離を専門としていた。99年、三井海上火災保険(現三井住友海上火災保険)に入社してマラソンに転向。実質、初マラソンとなった2000年3月の名古屋国際女子マラソンで当時日本歴代4位の記録で2位に入った。01年の世界陸上エドモントン大会で銀メダルを獲得、07年の大阪大会でも銅メダルに輝いた。五輪では04年のアテネで5位に入賞し、08年の北京では右足の痛みのため25キロ付近で途中棄権した。現役時代全15レースで唯一の棄権。12年3月のレースが現役最後となった。自己最高記録は02年ロンドンでの2時間22分46秒(日本歴代10位)。私生活では04年12月、大学の先輩である村井啓一氏(松山大職員)と結婚した。現在2児を育てる傍ら、三井住友海上火災保険の「スポーツ特別社員」としてランニングイベントなどに参加する。
増島みどり
 1961年、神奈川県鎌倉市生まれ。学習院大卒。スポーツ紙記者を経て、97年よりフリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」でミズノスポーツライター賞受賞。「In His Times 中田英寿という時代」「名波浩 夢の中まで左足」「ゆだねて束ねる ザッケローニの仕事」など著作多数。「6月の軌跡」から20年後にあたる18年には「日本代表を、生きる。」(文芸春秋)を書いた。法政大スポーツ健康学部講師

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