戸辺 世界で培った跳躍 走り高跳び13年ぶり日本新
短距離やマラソンが勢いづく陸上界で、フィールド種目にも希望の星が現れた。走り高跳びの戸辺直人(27、日本航空)が2月の世界室内ツアーで2メートル35センチを跳んで13年ぶりに日本新記録を樹立、日本人初のツアー総合優勝を飾った。本格的なシーズン開幕を前に世界トップ選手の仲間入りを果たし、東京五輪でもメダルの期待を背負う。
日本人が走り高跳びで世界と渡り合う姿は、かつては想像しづらかった。男子は過去五輪でメダルがなく、入賞も戦前までさかのぼる。その中で2メートル35センチは昨年の世界ランキング5位、2016年リオデジャネイロ五輪の銅メダルに相当。194センチの長身を生かした跳躍で海外勢と対等に戦える一人となった。
春先での日本記録更新について「これまでトップレベルの試合に出場しても優勝に届かないことが多かった。欧州の室内大会で4勝できたのは継続的にトレーニングしてきた成果」と胸を張る。昨秋から踏み切る直前に「体が浮く弱点を克服するため」、両腕を振るフォームから右腕だけを振り上げる形に変えた。さらに助走を6歩に固定。これがはまった。
高校時代から注目される存在だった戸辺が異質だったのは、早くから海外に目を向けていたことだろう。筑波大1年で出場した世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得してから世界を意識。3年の冬に単身でスウェーデンに渡り、04年アテネ五輪金メダルのステファン・ホルムに師事した。
近年はエストニアを拠点にして世界最高峰のダイヤモンドリーグなどに参戦。長ければ1年のうち3カ月半ほど海外で過ごす。「有名な試合は欧州が中心。レベルの高い試合に出なければ、世界選手権や五輪で勝つことは難しいから」
異国での生活で対応力を培い、少しのことで動じないたくましさが身についた。助走を6歩に短くしたのも「日本ではどの競技場でも長い助走が取れるが、欧州では自分の助走が取れないことが多かった」ことが理由。大会によってはサブトラックがなく、道ばたでウオーミングアップもする。「食事も、エストニアでは肉や魚に添えられているハーブが苦手だったが、もう慣れました」。この適応力がなければ世界では戦えない。
我が道を行くスタイルは、選手自身が考えて練習する筑波大の環境が影響している。卒業後も実業団には進まず、筑波大の大学院で走り高跳びを研究。3月には晴れて博士の学位を取得した。「研究の息抜きがトレーニング、実戦の息抜きが研究と考えるようにしてからうまくいった。それで日本記録も出せたので両立できたかな」
今季は2メートル40センチが目標だ。過去の五輪で誰も跳んだことがない高さに目線を合わせるのは「本番で自己ベストを跳ぶことは簡単ではなく、現実的には3~5センチ下の記録になる。五輪で余裕を持ちたい」との考えからだ。
21日開幕のアジア選手権(ドーハ)に出場する。アジアのレベルは高く、今秋の世界選手権へも格好の試金石となるだろう。文字通りのホップ、ステップ、ジャンプで来年の東京五輪へ、さらに高く舞う。(渡辺岳史)