セブン&アイ、井阪体制3年 砂上の一枚岩(日経MJ)
セブン&アイ・ホールディングスが再び人事で揺れている。鈴木敏文元会長(86)が突然の退任を表明し、井阪隆一社長(61)の新体制が発足して3年。24時間営業を巡る問題の渦中の8日、中核会社のセブン―イレブン・ジャパンの社長を交代させた。情報共有を迅速にする狙いだが、グループを支える国内コンビニエンスストア事業を取り巻く環境は厳しさを増す。嵐の中の船出だ。
すきま風吹き社内も混乱
4日午後、東京都千代田区でセブンイレブン社長交代の記者会見が開かれた。登壇者はセブン&アイ井阪社長とセブンイレブンの永松文彦新社長(62)の2人。社長を退き会長に就く古屋一樹氏(69)の姿はなかった。この時期に社長を交代する理由を問われた井阪氏は「コミュニケーションのパイプの目詰まりが組織的問題としてあった」と述べ、古屋氏の事実上の解任を示唆した。
24時間営業を巡る問題が社長交代劇の直接の引き金を引いたのは事実。ただ、2月に24時間問題が明るみに出る前から、持ち株会社のトップである井阪氏と稼ぎ頭の事業会社トップである古屋氏の間にはすきま風が吹いていた。
「井阪は年長の古屋には遠慮もあってか直接対峙せず、代わりにセブンイレブンの役員や部長を頻繁に呼び出して指示を出していた」。あるセブンイレブン幹部はこう証言する。井阪氏自身もセブンイレブンの取締役という立場。ただ「井阪が呼び出して細かに指示を出せば、それは受け手にとっては親会社の社長からの命令になる」。
セブン&アイは長く鈴木元会長のカリスマ性に率いられてきた。鈴木氏の時代は「事業会社の社長は部長のようなもの」(セブン&アイ幹部)。セブンイレブン社長だった井阪氏もその一人だ。集団指導体制へと移行して3年。持ち株会社と事業会社の双方が互いの距離感をいまだに図りかねている。
井阪氏は鈴木元会長も出席していなかった商品会議などにも出席して指示を出す。「大型店の再生など他にやるべき仕事はいくらでもあるはずだ」などと持ち株会社の社長の果たすべき役割から逸脱しているとの声も社内からは聞かれる。
「そんなのは放っておけ」。井阪氏から叱責を受けたセブンイレブン幹部が古屋氏に報告に行くと古屋氏からこう告げられることもあったという。古屋氏も正面から井阪氏とぶつかることはしてこなかった。ただ「頭越しに指示を出されるので内心、面白くないこともあっただろう」(セブン関係者)。
コミュニケーションの問題は社内外に広がる。
2018年2月、福井県で記録的な大雪に見舞われた際、一時休業を求めた加盟店オーナーに対して、本部社員が営業を継続するよう要請したとされる。井阪氏がこの件を把握したのは約2カ月後に報道されてから。同年5月の株主総会では加盟店オーナーを名乗る男性が、大量出店が加盟店を苦しめていると批判した。
9月には栃木県足利市の加盟店オーナーが女性客に卑わいな言動をする動画がインターネット上で公開され、「変態セブン」というあだ名とともに広がった。昨年末には直営店の社員から、ギフト商戦で売れ残った賞味期限の短い商品の販売を押しつけられているとの通報がヘルプラインから入ってきていた。
とどめが24時間問題。2月に大阪府東大阪市の加盟店オーナーが営業時間を短縮し、本部側が契約違反の状態と指摘した。井阪氏は報道直前に事態を把握。時既に遅く、オーナー側のメディアを使った情報発信で、強い本部に追い詰められる弱いオーナーという構図ができあがった。
持ち株会社と事業会社の間の意思疎通、社内の報告体制。いずれにも問題をはらむ中で、井阪氏が古屋氏の後任候補として登用したのが3月に副社長に昇格したばかりの永松氏。ある関係者は「井阪は同期入社の永松への信頼が厚い」という。人事畑が長いというセブンイレブン社長としては異例の経歴だ。
セブン&アイでは70歳が役員定年となっている。現在69歳の古屋氏は今期限りで、1年以内に永松氏が新社長となるのは既定路線だった。そのなかで24時間問題が勃発し、井阪氏はこのタイミングでの社長交代へと踏み切った。古屋氏が24時間の原則を譲らない象徴のような存在として批判の対象になっていたこともその判断を後押しした。社外取締役からも古屋氏の硬直的な対応を批判する声が高まっていた。
セブンイレブンはコミュニケーションという問題を解消できるのか。「これまでは持ち株会社と事業会社の間に溝があったが、これからは事業会社内に溝ができるのではないか」(セブン&アイ幹部)。こんな懸念も聞かれる。
中計未達、続く大型店不振
井阪隆一社長が率いるセブン&アイ・ホールディングスの業績も力強さを欠く。2019年2月期の連結営業利益は5%増の4115億円となり8期連続の最高益となった。だが16年10月、井阪社長が「100日プラン」と題して発表した20年2月期までの3カ年の中期経営計画で掲げた数値目標の達成は早くも困難となった。セブン&アイの先行きに不透明感が漂い始めた。
セブン&アイは4日、20年2月期の連結営業利益が前期比2%増の4200億円になる見通しだと発表した。中計で掲げた目標は4500億円。未達成が宣言された格好だ。コンビニエンスストア同士やドラッグストアとの競合激化などで国内コンビニの既存店売り上げが伸び悩む。総合スーパーのイトーヨーカ堂、百貨店のそごう・西武などの構造改革効果も想定を下回る。
井阪氏が就任後に相次ぎ打ち出した外部提携も、十分に機能しているとは言いがたい。16年10月にはエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)との資本業務提携を発表したが、現時点で資本提携はおろか業務提携契約も結ばれていない。「これ以上先に話が進むメドはついていない」(セブン&アイ幹部)
17年7月にはアスクルと組んで生鮮食品の宅配サービスを始めると発表。17年秋に東京都文京区と新宿区でサービスを始めたが、エリア拡大は遅々として進まない。
セブン&アイは今年10月の19年3~8月期決算発表時に、セブンイレブンやそごう・西武、イトーヨーカ堂などの新たな事業計画を公表するとみられる。当初は20年4月を予定していた次期中計の発表を半年前倒しする格好だ。
未達に終わることが確実な現中計の次の数値目標もさることながら、業績不振が続く大型店や24時間問題に揺れるコンビニなど、グループのあるべき姿をどう描いていくのか。井阪セブンに残された時間は長くない。
(今井拓也)
[日経MJ 2019年4月8日掲載]