海外G1連敗、エースが止めた 関心呼ぶ次の一手
日本競馬界のエースが海外G1連敗を止めた。3月30日、アラブ首長国連邦・ドバイのメイダン競馬場で行われた、ドバイ国際競走。5つ行われるG1の1つ、ドバイ・ターフ(芝1800メートル)で、昨年のJRA(日本中央競馬会)年度代表馬アーモンドアイ(牝4、美浦・国枝栄厩舎)が優勝。昨年から続いている自身のG1連勝記録を5に伸ばして、海外デビューを飾るとともに、日本馬に1年11カ月ぶりの海外G1勝利をもたらした。
今回のドバイ国際競走では、日本馬10頭が6競走に分かれてエントリー。メインカードのドバイ・ワールドカップ(G1・ダート2000メートル)に出走予定だったケイティブレイブ(牡6、栗東・杉山晴紀厩舎)は腹痛で当日に出走を取り消したが、残る9頭中7頭は国内G1の勝ち馬。ここで勝てなければ、しばらく海外G1を勝つのは厳しいと思われたほどの強力な布陣だった。
絶対女王・アーモンドアイの優勝で何とか面目を保った。ただドバイ国際競走全体をみると、サラブレッド8競走(他に純血アラブ種1競走がある)の総額が3400万ドル(約37億7400万円)の超高額賞金とは裏腹な「辺境感」があり、日本馬が海外で何を目指すべきかを考えさせられる。
■アーモンドアイ、評判通りの力
今回、出走した日本馬9頭の行き先は、ドバイ・ターフとドバイ・シーマクラシック(DSC=芝2410メートル)が各3頭。ドバイ・ターフはアーモンドアイに加えて、ヴィブロス(牝6、栗東・友道康夫厩舎)とディアドラ(牝5、同・橋田満厩舎)の3頭とも牝馬という編成だった。DSCは2017年の日本ダービーと昨秋の天皇賞を制したレイデオロ(牡5、美浦・藤沢和雄厩舎)、17年ジャパンカップ優勝のシュヴァルグラン(牡7、栗東・友道康夫厩舎)、昨年の大阪杯勝ち馬スワーヴリチャード(牡5、同・庄野靖志厩舎)という中長距離路線の主役級3頭だった。
ドバイ・ターフは出走13頭中、アーモンドアイがレーティング(RT)124で断然のトップ。DSCも8頭中、日本馬がRT上位3頭を占めており、国内競馬界がいかに力を入れていたかがわかる。
結局、ドバイ・ターフはアーモンドアイが初の海外でも前評判通りの力を見せつけた。好スタートを切り、中位集団につけると、クリストフ・ルメール騎手(39)は徐々に馬を外寄りに誘導。いつでも外に出せる態勢で仕掛けどころを待った。手応えも終始楽で、直線入り口で軽く促されると瞬時に反応。残り250メートル前後で一気に先頭に立った。
ただ、この後は国内とやや勝手が違った。後方待機のヴィブロスと英国馬ロードグリッターズ(6歳去勢馬)に追い上げられ、ゴール前でルメールがムチを2発入れた。最後はヴィブロスに1馬身4分の1差。危ない場面とはいえなかったが、昨年の国内5戦はゴール前、惰性で後続馬を引き離した。約4カ月ぶりの実戦。未知の環境で勝っただけで十分といえば十分だが、もう少し鮮やかな勝ち方を期待した部分はある。
この勝利は日本馬にとって、17年4月末のクイーンエリザベス2世杯(香港・シャティン)以来、23カ月ぶりの海外G1勝利だった。昨年はドバイ・ターフで連覇に挑んだヴィブロスが2着。暮れの香港でも4つのG1のうち3戦が2着と惜敗が続いていた。今回は海外のブックメーカー(賭け屋)も、アーモンドアイに2倍を切るオッズを提示しており、世界的にも順当勝ちだった。
一方で、G1勝ち馬3頭を投入したDSCは、国内外で1番人気のレイデオロが逃げて6着と失速。巧みに立ち回った地元馬オールドペルシアン(牡4)に優勝をさらわれ、シュヴァルグラン、スワーヴリチャードが2、3着と敗れたのは痛い。このレースはわずか8頭立てで先行馬不在。前年4着時も折り合いを欠いていたレイデオロが、今回は押し出されるように逃げ、直線入り口で早々と失速。結果的に勝ち馬の格好のペースメーカー役を担ってしまった。
11年の同レース6着だったルーラーシップも同じような負け方をしており、逃げ馬不在の少頭数になりやすい点を考慮して、どの馬を送るかを判断する重要性を改めて示した格好だ。
加えて、少頭数になる背景も考える必要がある。今日の欧州競馬を主導するクールモア・グループ(アイルランド)は、ドバイ国際競走にさほど熱心でない。勝つ気なら有力馬を送り、ペースメーカーも帯同させてくるはずだが、現状はお付き合い程度に「1軍半」クラスを送ってくるだけ。この辺りに、賞金とステータスの落差が現れているといえる。
■凱旋門賞にらみ欧州転戦も
アーモンドアイの海外初戦勝利を受けて、関心事は同馬の陣営の「次の一手」に移る。国枝調教師は早くから「(凱旋門賞連覇の)エネイブルと対戦したい」と話しており、ドバイ・ターフを前にした記者会見でも、今年後半の欧州転戦について言及した。本気で勝ちに行くなら、欧州での1戦は必須であろう。
問題は同馬が「一戦の消耗度が高い」とされている点だ。従来、凱旋門賞で好走した日本馬は本番3週前のフォワ賞、ニエル賞(3歳限定)といったG2で、パリ・ロンシャン競馬場の2400メートルを経験した例が多い。だが、アーモンドアイにとっては3週の間隔が短すぎるらしい。そこで、8月下旬に英ヨークで行われる牝馬限定G1、ヨークシャーオークス(芝約2385メートル)の名前が挙がっている。
ヨークは05年にゼンノロブロイが遠征しており(インターナショナルステークス=2着)、日本馬には比較的、難易度が低いとされる。ただ、古馬は斤量60.3キロ。昨年のジャパンカップが53キロ、ドバイ・ターフが55キロだった点を思えば厳しい条件(凱旋門賞は58キロ)だが、本気ならこうしたプランが実行に移されていくはずだ。
こうしたプランは実行されるか。結論はもう少し先になりそうだ。アーモンドアイはクラブ法人(シルクレーシング)所有で、進路決定の鍵を握るのは、生産者のノーザンファーム(NF)である。NFが描く同馬の今後のキャリアが見えにくいのだ。凱旋門賞が目標の馬を、2400メートルのDSCではなく、1800メートルのドバイ・ターフに出した点からして疑問だ。「結果論だが、レイデオロと走るレースを入れ替えていれば(同馬が折り合いを欠かずに済んだ)」という声さえ出た。
日本馬がドバイや香港に数多く出ていくのは、どちらも国内の延長線上で戦える舞台で、しかも賞金が高いからだ。今回のアーモンドアイも、海外にある様々な選択肢の中で、負担感が重くなく、1着で約4億円と金銭的メリットが大きい点を優先したように思える。斤量と馬場だけを見ても、日本に香港、ドバイを加えたアジア圏と、欧州は全く異質な世界だ。日本の至宝といえるアーモンドアイといえども、簡単に勝てる舞台ではない。
今回、ドバイで走った9頭中、ダートに進んだ3頭への注目度は高くはなかった。ダート戦はどれも地元馬と米国馬が圧倒的に優位で、勝ち目が薄いと思われていたからだ。
■層厚くなってきたダート路線
だが、1200メートルのG1、ゴールデンシャヒーンで、マテラスカイ(牡5、栗東・森秀行厩舎)が、同レースの日本馬では史上最高の2着と大健闘した。好スタートから大本命のエックスワイジェット(米国、7歳去勢馬)の外で並走し、ゴール前まで激しく抵抗。2番人気のインペリアルヒント(同、牡6)に先着した。3歳限定G2のUAEダービー(1900メートル)でも、デルマルーヴル(牡、美浦・戸田博文厩舎)が4着。こちらは大勢が決まってから追い込んだ印象で、勝った米国のプリュクパルフェ(牡)には1秒ほど離されたが、力は出したといえる。
マテラスカイも、デルマルーヴルも、国内で連戦連勝という存在ではなく、地方のJpn1タイトルも取っていない。その意味では、日本のダート路線も、それなりに層が厚くなってきたといえる。マテラスカイの関係者は、秋に米国のブリーダーズカップ・スプリント(G1、ダート約1200メートル)参戦の意向を表明した。ある意味、凱旋門賞以上に、日本馬には壁の高い領域で、どこまで戦えるかが注目される。
(野元賢一)