首相「万葉集、思い切って良かった」(ルポ迫真)
令和改元(2)
新元号「令和」の公表から一夜明けた2日、安倍晋三首相は首相官邸を訪れたカザフスタンの元首相から色紙にサインを頼まれると、笑顔で「令和 安倍晋三」と揮毫(きごう)した。
「万葉集という選択は自分でもよく思いきったなと思ったけど、反応も良くてよかった」。首相は周囲にこう語る。
憲政史上初の天皇退位に伴う皇位継承の一連の準備で、首相は「新天皇に即位される皇太子さまは1960年のお生まれだ。とうとう天皇も戦後生まれになる」と繰り返し述べ「新しい時代にふさわしいあり方」へのこだわりを示していた。
その象徴が新元号選びだった。「時代はどんどん変わる。今回はより幅広く候補をみて決めたい」。首相は2018年秋ごろから周囲にこう話し、出典として日本の古典(国書)を積極的に検討するように促した。平成への改元時と比べ、最終的な原案も前回の3案から6案に増やした。
これまでの元号はいずれも中国の古典(漢籍)が典拠だった。平成改元の際も国文学者にも考案を委嘱したが最終案には残らなかった。政府関係者によると安倍政権以前の政権でも国書を典拠とする案を検討していたという。時代は動いており、いつまでも漢籍にこだわる必要はないのではないかとの考えからだ。
新時代を意識する首相は今回、6つの最終案の半分に当たる3案を万葉集や日本書紀などから採った案とした。新元号公表後のNHK番組では万葉集について「誇るべき国書だ」と何度も強調した。
日本の伝統を重んじる保守層への配慮もあった。新元号の事前公表には自民党内の保守系議員らが「新天皇の即位前に元号を公表した例はない」などと反発していた。天皇と元号が不可分だとする「一世一元」に反するとの主張だ。改元を定める政令には今の天皇陛下ではなく、新天皇となる皇太子さまが署名すべきだとも訴えていた。
首相が国書を出典とする案の検討に前向きになった18年秋ごろはこうした声が強まった時期と重なる。
昨年末、夜の首相公邸に首相に近い中堅の保守系議員が10人近く集まった。目的は新元号の選定プロセスだった。
議員らは首相に、今の天皇陛下と新天皇に即位される皇太子さまへの対応について(1)平成改元にならって新元号の決定後、記者会見で公表する前に伝える(2)絞り込んだ複数の新元号案について、事前に選定過程なども含めて丁寧に伝える――という2点を要請した。出席者によると首相は「それはそうだね」と答えたという。
新しい元号は将来的に新天皇のおくり名(追号)になる。首相は2月22日に続き、新元号公表直前の3月29日に東宮御所に皇太子さまを訪ねた。首相による天皇陛下への内奏はあるが、皇太子さまとの面会は異例だ。いずれも首相側から宮内庁側への申し出で実現した。
平成への代替わりの際も事前に新天皇の意向を聞くべきだとの声が党内にあったが、元号法は元号は内閣の責任で決めるとしている。憲法は天皇の政治関与を禁じており、憲法違反を疑われかねない。首相は皇太子さまに検討状況を説明するだけで意見を聞く形は採らなかったという。
平成改元時にはなかった段取りを試みた首相は周囲に「前例のないことだ。これも新しい時代への対応だ」と語った。
天皇陛下は2月24日、都内の国立劇場で催した天皇陛下御在位30年記念式典の後、見送りで立っていた首相に「心に残る大変良い式典になりました」と話しかけられた。式典後も改めて河相周夫侍従長を通じ、首相に謝意を伝えた。首相は「式典をやってよかった」と安堵の表情で周囲に語った。
首相は新元号公表後の1日の記者会見の終わりで皇太子さまに触れ「皇太子殿下のお気持ちをしっかりと受け止め、新しい令和の時代を、国および国民統合の象徴となられる殿下とともに歩みを進めてまいりたい」と述べた。