「忠臣蔵」隅々まで堪能 文楽劇場35周年で全段上演(もっと関西)
カルチャー
国立文楽劇場は今年開場35周年を迎えるにあたり、「仮名手本(かなでほん)忠臣蔵」を全段上演する。忠臣蔵は1日で通し上演するのが通例だが、4月、夏休み(7~8月)、11月の3回に分けて、大序から十一段目までの「現在上演可能な段を全て」(文楽劇場)舞台にかけるという意欲的な取り組みだ。従来は時間短縮のために省略されることの多い場面を鑑賞できる貴重な機会になりそうだ。
「『忠臣蔵』を通しでやれるのは文楽だけ。古典芸能として残していく価値がある」。現役唯一の切場語り、豊竹咲太夫は語る。1748年に大坂竹本座で初演された「仮名手本忠臣蔵」は後に歌舞伎にも移され、現代まで続く人気演目。歌舞伎では見どころの場面だけを選んだ「見取り」の上演が多く、通しは文楽ならではという思いがある。
4月に上演するのは大序から四段目まで。塩谷判官(えんやはんがん)(浅野内匠頭)が松の廊下で刃傷に及び、切腹するまでを描く。最大の見せ場は四段目の「塩谷判官切腹の段」だ。咲太夫の語りで、三味線は鶴澤燕三。死に臨む判官が城代家老の大星由良之助(ゆらのすけ)(大石内蔵助)と最期に対面する。静けさの中に緊張感がみなぎる場面で、上演中の客席の出入りを禁じたことから「通さん場」という異名を持つ。今回の上演でも観客に出入りを遠慮してもらうという。
色っぽい場面も
今回の注目は二段目の前半「桃井館力弥使者の段」が23年ぶりに上演されることだ。由良之助の息子、力弥と許婚(いいなずけ)の小浪の恋心を描いた場面で、後半の山場である九段目の伏線となるものの、直後の物語には関わらないため省略することが多い。
1996年にこの段を語った豊竹呂勢太夫は「男の世界である忠臣蔵のなかで数少ない色っぽい場面。『梅と桜』の通称があり、いい節がついている」と話す。当時は現在の師匠である豊竹嶋太夫に稽古してもらい、今回は弟弟子の豊竹芳穂太夫が語る。「経験者に直接話を聞ける間に再演することが大事」(呂勢太夫)と力を込める。
様々な場面がある忠臣蔵は、芸歴に応じて役が上がっていくのも見どころ。呂勢太夫は今回「殿中刃傷の段」を勤め、「誰もが知っている有名な場面。面白く聞かせないといけない」と責任感を覚える。他にも若手技芸員がこれまで演じたことのない役を担い、ステップアップが期待される。
足かけ8カ月
11月公演では十段目の「天川屋の段」を復曲上演するのも興味深い。長く上演が途絶えており、現行曲は56年に野澤松之輔(まつのすけ)が作曲した30分程度の短縮版。今回は、御霊文楽座で活動していた明治期の朱をもとに、野澤錦糸が復曲し、1時間程度の完全版で上演する。最大の山場とされる九段目のあとでは重すぎると省略されたようだが、「義平の妻や舅(しゅうと)との関係が描かれ、この段だけで上演しても十分面白い」と錦糸。
十一段目の「花水橋引揚の段」と「光明寺焼香の段」はどちらかを省略することが多いが、今回は両方とも上演する。
足かけ8カ月に及ぶが、全てに足を運べば忠臣蔵の世界を隅から隅まで堪能できる。「3回に分けての上演は、長時間の観劇を好まない現代の観客向けの実験的な取り組みでもある」と文楽劇場の農端徹也支配人。3公演全てを見た人にはチケットと引き換えに手拭いをプレゼントする特典も設け、時代にあった公演のあり方も模索している。
(大阪・文化担当 小国由美子)
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