楽天・ブラッシュ、打撃のモデルは仰天の…
編集委員 篠山正幸
古くは前かがみのクラウチングスタイルで首位打者となったフェリックス・ミヤーン(大洋=現DeNA)から、せわしなくバットを揺り動かしてタイミングを取っていたベン・オグリビー(近鉄)、構える前の上体の反り返りに特徴があったアレックス・カブレラ(西武など)ら、歴代の外国人選手は個性的なフォームで楽しませてくれた。今年楽天に加入したジャバリ・ブラッシュもまた、見た目にも楽しい実力派エンターテイナーになるかもしれない。
フリオ・フランコが、現役に復帰したのか――。昨年、メジャーを取材した際、エンゼルス・大谷翔平の同僚として打席に立った選手を見て、時間感覚が一瞬まひした。それがブラッシュだった。
高い位置に構えたバットがほぼ地面と平行になって、ヘッドが投手の方を向いている。それがフランコとそっくりだったのだ。
フランコは1980年代から2000年代にかけてメジャーで活躍し、通算2586安打を積み重ねた打撃の名選手だった。日本のロッテでも1995、98年の2シーズンプレーしている。
バットのヘッドの位置が、インパクトのポイントから最も遠くなる構えで、少年野球ではお薦めできないフォームにもみえたが、実にシュアだった。インパクトまでの長い軌道を通るうちに、ヘッドのスピードが乗っていたためか、右打者のフランコが外角球に合わせただけのような打球も、右翼フェンス際まで飛んでいった。その独特のフォームと合わせ、記憶に残る外国人の一人となっている。
■「参考にしたのはサダハル・オウ」
そのフォームに、ブラッシュはならったのか? エンゼルスのときは聞きそびれてしまったが、楽天の選手として来日し、尋ねることができた。
答えは衝撃的だった。「違うよ。私が参考にしたのはサダハル・オウ(王貞治)のフォームだよ」。まさか……。
そもそも、来日するまでフランコのことは知らなかった、という。フランコのフォームを脳裏に焼き付けている日本の記者が、こぞって「似ている」と指摘したことで、初めてそのフォームの先駆者がいると知ったのだそうだ。
もっとも、本人に模倣の意識がない以上、先駆者がいる、などとといっては失礼だろう。このフォームは百パーセント、ブラッシュ・オリジナルなのだ。
フランコはカリブ海に浮かぶドミニカ共和国出身。ブラッシュはその東方にある米領バージン諸島出身だ。生まれには共通する部分があるが、なにせ30歳以上の年齢差があり、フランコのことは知るよしもなかった。
それにしても、王さんのフォームのどこをどうまねすれば、こうなるのか。
バットのヘッドが投手方向を向くという点に関しては、王さんのフォームも確かに大ざっぱな分類をすれば、同じ「科」に属するかもしれない。バットが地面と平行になるくらいヘッドが深く入り込むことはなかったけれども。
ブラッシュは両足をそろえて立つ。この点に関しては王さんが足を上げていたのに対し、ブラッシュは上げずにそろえているだけ、ととらえれば近縁種とみられないこともない。しかし、総合的にみると、やっぱりフランコ……。
ブラッシュは米国時代のコーチに、王さんのフォームを参考にしてみては、との助言を受け、意識するようになったという。たぶん、気持ちの上では今でも王さんなのだろう。フォームとは決して見た目のことばかりでなく、気持ちの問題でもあるのかもしれない。
まったく独自の形成過程をたどったはずのフランコとブラッシュのフォームが、かくも似てしまったことが面白い。
その相似は生物学でいう「収斂(しゅうれん)進化」を想起させる。
たとえば空を飛ぶ生き物たちの器官が、全く違う種なのに似てきたり、穴を掘るという共通目的のもと、ある種の哺乳類と昆虫の爪先がそっくりの構造を持つようになったりする、という現象だ。DNAの上では相当遠い距離にあるのに、同じ目的を持つことでそっくりさんになる、という不思議。
球を正確にとらえ、遠くに飛ばすという技術を追求した結果、フランコスタイルにたどり着いたと思われるブラッシュ。その進化の妙をじっくりと楽しみたい。