アジア最大の格闘技「ONE」、投資マネーで急成長
3月31日、日本で初開催
アジアで急成長しているスポーツイベントが日本に初上陸する。3月31日に東京・両国国技館で開催される総合格闘技「ONEチャンピオンシップ」だ。8年前にシンガポールで産声を上げて以降、東南アジアや中国に市場を拡大、今や米国に本拠を置く総合格闘技の最高峰「UFC」と勢力を二分する存在ともいわれる。数々のイベントが生まれては消えていった、栄枯盛衰の激しい日本のプロ格闘技界とは何が違うのか。イベント準備で来日したONEチャンピオンシップの最高経営責任者(CEO)、チャトリ・シットヨートン氏にONEの理念やビジネス戦略を聞いた。
■「欧米にも負けぬイベントに」
「日本には柔道、空手に合気道がある。韓国はテコンドー、中国は武術太極拳に散打、タイならムエタイ……。アジアにとって、マーシャルアーツ(格闘技)は最も大切な文化だ。しかもアジアには40億を超える人が住んでいる。これまで我々は米バスケットボールNBAやサッカーの欧州チャンピオンズリーグなど、欧米発のスポーツを"輸入"して楽しんできたけれど、アジアの格闘技が一つになったら、欧米にも負けないスポーツリーグ(イベント)ができると思った」
こう熱い口調でONE旗揚げの理由を語るチャトリ氏は1971年生まれ(生年月日は非公表)で、日本人の母とタイ人の父を持つ。自身も34年間、タイのキックボクシング「ムエタイ」に慣れ親しんできたという。と同時に、チャトリ氏は米ハーバード大学院でMBA(経営学修士)を取得したビジネスマンでもある。2年前の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のインタビュー記事などによると、これまでインターネット系のスタートアップ企業立ち上げに参画したり、ヘッジファンドでビジネスキャリアを積んだりしてきた。
「ネーミングにはナンバーワンの格闘技団体になるという目標と、我々(アジア人)は一つという思いを込めた」というONEは、2011年にシンガポールで第1回イベントを開催した。12年以降、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、ヤンゴン、バンコクなど東南アジア各国の大都市や上海、広州、マカオなど中国市場にも進出。昨年は9都市で21イベントを開催した。「多くの会場で1万~2万人の観客が集まる」とチャトリ氏。今年は3月31日と10月13日の2度の東京開催を含め、全12都市45イベントを予定する。「3年後には1年の毎週末(全52週)にアジアのどこかでONEのイベントが行われているようにするのが目標だ」とチャトリ氏は語る。
急成長と強気の拡大戦略には、それを支える豊富な資金がある。ONEは17年、米有力ベンチャーキャピタル(VC)のセコイアキャピタルから1億6600万ドルの出資を受けた。同社はグーグル、フェイスブック、ウーバーテクノロジーズなどに投資してきたVCで、ONEは同社にとって初めてのスポーツイベント会社への出資だという。
また、ONEが本拠を置くシンガポールの政府系投資ファンド、テマセク・ホールディングスからも16年に約1億ドルを調達している。セコイアからの調達分と合わせ、約2億7000万ドル(約300億円)にもなる。
■若者ら支持、成長性を評価
「格闘技イベントを産業として確立していくことが大切だと思っている。産業として成長していく要素としては資金、メディア力、それらをうまく生かせる優秀な人材が必要だが、我々にはこれら全てがそろっている」とチャトリ氏。現在、世界138カ国・地域、17億人がテレビやライブストリーミングで視聴可能という。ファンの80%はミレニアル世代で、70%以上が大卒というデータもあるという。若い層や経済的に余裕のある層から支持されているということらしい。こうした成長性が評価され、多額の投資マネーを集めることに成功しているようだ。
日本では17年からインターネットテレビ局「Abema(アベマ)TV」で配信され、今回の日本初開催を機にテレビ東京とも複数年契約を結んだ。既に日本法人も立ち上げ、スポーツ市場調査会社のレピュコムジャパン(現ニールセンスポーツ)で社長を務めた秦英之氏をトップに据えた。
戦後の復興期からプロレス、ボクシングがお茶の間の人気を集めた日本は格闘技大国である。90年代には立ち技格闘技「K-1」がドーム球場を満員にするほどの動員力を持ち、2000年代は総合格闘技「PRIDE」が絶大な人気を誇った。だが、反社会勢力との交際や選手へのファイトマネー未払いなど経営トラブルが明らかになり、運営会社が次々と消滅したり、経営権が他社へ譲渡されていったりした歴史もある。
チャトリ氏はそうした経緯もよく理解した上で日本での成功に自信をみせる。「日本の格闘技に残るネガティブなイメージは、実は我々には可能性(チャンス)だと捉えている。日本の格闘技界に起きたことや背景はよくわかっている。だからこそ、我々は透明性のある企業だということを伝えていきたい。ONEにはディズニーやアンダーアーマー、グラブ(シンガポールのライドシェア大手)、資生堂、ソニー、ホンダといったそうそうたる企業がスポンサーになっている。世界最高の格闘技団体だと認められているからだと思う」
3月31日の東京大会には、UFCでチャンピオンになった実績のあるデメトリアス・ジョンソン、エディ・アルバレス(ともに米国)が初めて参戦するほか、かつてONEでチャンピオンになった青木真也がベルト奪還を懸けてタイトルマッチに挑戦する。UFCで全階級を通じて最多連続防衛記録(11回)を持つジョンソンのONE移籍は大きな話題となった。チャトリ氏は「いま、世界中の最もいいファイターはUFCとONEに集まっている。それだけの条件を提示している」と話す。トップクラスのファイトマネーは数千万円になるようだ。
とはいうものの、目の肥えた日本の格闘技ファンはなかなか手ごわい。UFCも過去に何度か日本で大会を開催しているが、定期開催に至っていないように満足な成功を収めるまではいかなかったようだ。
■「武士道の精神、前面に出す」
チャトリ氏はUFCとは違うONEの魅力を示したいと考えているという。「アジアの格闘技がもともと備えている誠実さや勇気、相手への敬意といった武士道の精神を前面に出しています。そこがUFCとは一番違うところ。国技館を日本最初の会場に選んだのも、相撲という日本人が重んじる伝統文化にならいたいと思ったから。我々は真面目なヒーローをつくります」。昨年大みそかに行われ、話題を集めたボクシングの元5階級制覇王者フロイド・メイウェザー(米国)と日本のキック・ボクサー、那須川天心の一戦についても、エキシビションマッチの扱いとはいえ、10キロ近い体重差があったとされるマッチメイクには疑問を覚えたという。
1ラウンド5分の試合時間や階級制、KOや関節技による一本、判定で勝敗を決するルールはUFCや他の総合格闘技と大きく変わらない。ただ、ジョンソンとアルバレスによると、「(全ての格闘技を満遍なく習得した)オールラウンダー型の選手ばかりになったUFCに対し、一つの格闘技を極めてきた選手が集まっているのがONEの面白いところ」だという。
3月31日のチケット価格は最高で15万円と、かなり強気に設定した。一般的な知名度のある日本のスター選手がいない中でどこまで集客できるか。未知数な部分はあるが、アジアの人々を熱狂させているスケール感は楽しみでもある。
(山口大介、金子英介、谷口誠)