物言う株主、日韓市場の相似形(一目均衡)
アジア総局編集委員 小平龍四郎
1人の韓国人投資家に注目している。姜成富(カン・ソンブ)氏。KCGI(コリア・コーポレート・ガバナンス・インプルーブメント)という運用会社の代表だ。
読んで字のごとし。KCGIは株主の立場から企業に経営の改善を求めるアクティビスト・ファンドだ。現在は大韓航空を中核とする財閥、韓進KALの株式を10%超保有している。
「韓進のグループ企業が株式市場で評価されていないのは、経営を牛耳る趙亮鎬(チョ・ヤンホ)一家の専制君主のようなふるまいに代表される、お粗末な企業統治が原因だ」
KCGIが公開した提言書は激烈な表現で始まっている。そのうえで各種委員会の設立から資産売却、果ては大韓航空の燃料費のヘッジまで経営の立て直し策がずらりと並ぶ。くどいほど総花的な内容は、投資先企業の問題の多さを市場に印象づけるためのアクティビストの常とう手段でもある。韓進の3月の株主総会に向けKCGIはどう動くか。アジア全域の投資家がソウルに視線を注ぐ。
韓国において物言う株主は珍しい存在ではない。世界最大級のアクティビスト、米エリオット・マネジメントもアジアの主戦場の一つとして韓国を選んだ。これまでにサムスン電子や現代自動車のグループ再編に反対するなど、対財閥の姿勢は鮮明だ。韓国では中小企業への経営助言を得意とする「ソフト・アクティビズム」を標榜する独立系ファンドもいくつか生まれている。
そんななか特に姜氏に注目する理由は、彼が韓国育ちである点だ。2018年7月にKCGIを設立した40歳代半ばの投資家はこんな経歴だ。延世大学で経済学を学び、ソウル大で経営学修士(MBA)を取得。新韓や大宇のグループ企業で金融の専門家として腕を磨いた。姜氏の窓口を務める法律家に確認したところ、米欧で学んだことや、韓国の外で働いた経験はない。
だからこそ、姜氏の言葉は韓国社会に重く響く。「経営を改革しないと、大韓航空は破綻した日本航空のようになってしまう」。そんな挑発的な指摘も、エリオットのような投資家から発せられている限り、韓国の人たちは一方的な外圧として耳をふさぐこともできた。しかし、韓国育ちの姜氏の発言は、いわば身内の告発。感情的に退けるだけでは済まない。
独アリアンツで経験を積み、今はソウルで小型株を運用するゼブラ・インベストメント・マネジメントの李元逸(リー・ウォニル)代表は、韓国市場における物言う株主の草分けだ。5年ほど前に運用を始めた時は、アクティビズムを嫌う人たちから電話で脅しを受けたこともある。姜氏の登場をきっかけに「ずいぶんとやりやすくなった」と笑う。
ソウルでは李氏のような投資家と何回か議論した。一致したのは、KCGIが時代の空気を象徴している、という点だ。
なんといっても、社会に充満する財閥不信をうまく利用した。特に韓進は、会長の長女がナッツの提供の仕方に腹を立て航空機を引き返させた「ナッツ・リターン」をはじめとして、数々の不祥事が噴出した。世論の風当たりは強く、改革要求への大衆の支持は得やすい。
また、財閥に厳しい姿勢をとってきた文在寅(ムン・ジェイン)大統領の左翼的な政策も追い風だった。文大統領は財閥を弱体化させる狙いから「循環出資」と呼ばれる財閥の複雑な株式保有形態を改めるよう圧力をかけた。
この結果、もともと減少傾向にあった循環出資の総件数は15年の約450から、直近で10にまで激減した。多くの財閥が資本関係を簡素なものへと見直し、権力構造が明確になったため、アクティビストが資産売却の要請などの戦略を立てやすくなった。
そして、投資家の行動規範を定めるスチュワードシップ・コードの普及だ。韓国では昨年、世界4位の資産規模を持つ年金基金NPSが同コードを採択。運用受託を求める機関投資家も競って順守を表明している。企業の経営に注文をつけることへの抵抗感は急速に和らいだ。
大企業の不祥事、複雑な株式保有の解消、そして投資家の覚醒。政治・外交の面では日本と韓国の関係は過去最悪とされるが、資本市場の改革に限れば2つの国は相似を成す部分が多い。
日本では安倍晋三政権下でガバナンス改革が加速した。株式の持ち合いが解け、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が投資家から企業への働きかけを促す。外資だけでなく、村上ファンドの系譜に連なる日本人アクティビストも活発に動く。
今のところ日本の改革が数年リードしているように見える。しかしながら、韓国勢は貪欲だ。ゼブラの李氏は「日本の投資家とネットワークを築きたい」と望み、NPSはGPIFの動向を研究している。逆に日本は社外取締役の増加など一定の成果が上がったため、惰性に流されているのではないかと感じることがある。
通貨危機に苦しんだアジア各国・地域にとって、ガバナンス改革は長期投資を引きつけるための要の策とも位置づけられる。韓国もしかり。油断していると、アジアの中での日本の地盤沈下がさらに進みかねない。韓国の内なるアクティビズムの隆盛は、そんな危機感を抱かせる。(ソウルで)
日本と海外の金融機関やマーケットを30年取材。現場の記者時代には「山一証券自主廃業」「村上ファンド登場」「カネボウ上場廃止」などの特報に関わる。東証・兜クラブキャップや論説委員、アジア総局編集委員などを経て、現職は経済解説部編集委員。日経本紙コラム「一目均衡」を10年以上執筆。著書に「グローバルコーポレートガバナンス」「アジア資本主義」「ESGはやわかり」いずれも日本経済新聞出版社。カバージャンル
経歴
活動実績
2022年7月26日
BSテレ東「日経モーニングプラスFT」にキャスター初出演。「フロンティア株式市場のリスク」などを解説
2022年5月12日
日経SDGsフェス「資産運用会社の未来像を考えるプロジェクト『ESG投資の真価を問う』」のリレートークでモデレーター
2022年3月29日
日経・金融庁主催「FIN/SUM 2022」のパネル「ESG経営をいかに進化させるか 持続可能なビジネスと暮らしに向けて」でモデレーター担当
2022年2月2日
日経主催「FinCity Global Forum」のパネル討論「脱炭素社会の実現に向けたグリーンファイナンスの推進」でモデレーター担当
2021年12月9日
帝京大学と日経の連携科目「時事問題講座Ⅱ」(デジタル社会論)で「会社とは何か デジタルで変わること、変わらないもの」講義
2021年9月14日
日経SDGsフェス「資産運用会社の未来像を考えるプロジェクトシンポジウム」に登壇
2021年6月18日
日経主催「AG/SUM 2021」のシンポジウム「金融包み込むESGムーブメントが農業に及ぶ」でモデレーター
2021年5月14日
日経大丸有SDGsフェス「資産運用会社の未来像を考えるプロジェクト」のシンポジウム「社会課題解決に向けた『対話』のあり方」に登壇
2021年2月17日
日経BPから単著「ESGはやわかり」出版
2020年12月15日~
日経電子版ニュースをひとこと解説する「日経Think!」のエキスパート(投稿者)を担当
2020年8月14日
日経YouTube動画「朝刊1面を読もう 『SDGs』で振り返る1週間」出演
2020年6月26日
「アジア資本主義 危機から浮上する新しい経済」を日経BPから出版
2018年11月12日
香港中国企業協会でESGについて講演
2018年10月19日
日経フォーラム(バンコク)「アジアの消費者」でモデレーター
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