30代の楽天新監督、遅咲きに懸ける船出
1月13日、同志社大野球部OBによる楽天・平石洋介新監督の激励会が京都で開催された。平石と同じく同志社大出身で発起人の一人を務めた私は、彼とは単なる先輩、後輩の間柄にとどまらない、浅からぬ縁で結ばれている。
2004年秋のことだった。翌年に楽天の初代監督を務めることが決まっていた私は、ドラフト会議を前にある人から連絡を受けた。私が大学から中日に入る際に担当スカウトだった法元(ほうもと)英明さんだ。
「プロでやりたいと言っているやつがいるんだが、楽天で採ってくれないか」。紹介されたのが、当時トヨタ自動車にいた平石だった。「レギュラーになる力はありますか」と聞くと、「ない」と法元さん。「ないんだったら、トヨタでやる方が安定しているからいいんじゃないですか」と言うと、「お金じゃなくて、とにかく一回プロで試したいと言っている」。あの法元さんがそこまで言うのならと、一番下のドラフト7巡目で取った。
■現役で実績を残せなくても…
05年2月の沖縄・久米島キャンプで練習を見ると、打撃はいかにも非力で、初めのころは私の方が飛ばすほどのレベルだった。外野手だったが肩は弱く、足も速くない。「これでよくプロに入りたいと言ってきたな」というのが率直な感想だった。その年は25試合に出ただけで、打率は1割7分8厘。最も多く出たのが11年の35試合で、結局その年限りで現役を引退した。7シーズンの通算成績は172打数37安打の2割1分5厘、本塁打は1本。やはり法元さんの目は正しかった。
結果が出ない選手というのは打撃の形ができていないケースがほとんどで、形さえよくなれば伸びる可能性がある。その点、平石のフォームは決して悪いわけではなかった。それでいて結果が出ないのは、プロでやっていくだけのパワーや瞬発力が備わっていないということで、残念ながら伸びしろがないことを表していた。
法元さんに平石のプロへの橋渡しを頼んだのは、トヨタ自動車でコーチをしていた山中繁君。彼自身、平石からプロ志望を告げられたときは「長い目で見て、トヨタの方が生涯年収が上じゃないか」と話したという。それでも平石は「お金じゃない。とにかく一回トライしてみたい」。この熱意に山中君も法元さんもほだされた。私もそうかもしれない。
新球団として産声を上げたばかりの楽天はスカウト陣も急ごしらえ。他球団のような明確なドラフト戦略があったわけではなく、「6人取るのも7人取るのも変わらない」という感覚で指名したのだった。楽天の創設初年度というタイミングでなければ、はたしてプロに進めていたかどうか。そんな平石がコーチや2軍監督として研さんを積み、はては1軍の監督にまで就いてしまうのだから、人生はわからないものだ。
平石は大阪・PL学園高時代、補欠だったものの主将を務め、同志社大でも主将としてチームを引っ張った。同年代の連中からは一目置かれ、「いずれ監督になるだろう」とまで言われていたという。それだけ平石が熱いものを持っていたわけで、力のなさを補って余りあるだけの熱があったからこそプロを目指せたのだと思う。選手としては花開かずとも、一生懸命取り組む姿勢がフロントの目に留まって指導者として残ることができ、昨季途中からの監督代行を経て、ついに監督への道が開かれたということなのだろう。
■どんな色を出すのか見たい
選手時代にほとんど注目されなかった平石は今、人生で最大の注目を浴びているといえる。コーチというものは監督らに気を使い、自分の考えをある程度抑えながら球団の方針に従わざるを得ないところがあるが、1軍の監督は自分というものを存分に出せるポスト。そこでどんな色を出すのかが見たい。監督になっても周りに気を使うばかりして、自分の色を出さずに終わるのはもったいない話だ。
平石は現在38歳。30代は野球人としても人間としても成長過程にあり、まだまだ見えていないものがたくさんあると思う。それでも臆せずに突き進み、三木谷浩史オーナーらに「こいつ、やるな」と思わせてもらいたい。ただし、押すだけでなく、時には引くことも大事。1年限りで監督を退任した私からの忠告として、激励会でのスピーチで「オーナーの話もちょっとは聞くように」と話すと、会場は爆笑に包まれた。
私と同じ1976年に中日に入った福田功(中央大出身)という選手は、1軍の試合に一度も出ないまま現役を引退した。それでも中日で2軍監督、阪神と楽天で編成の要職を務めるなどし、星野仙一さんの右腕として認められるまでになった。それを思えば、平石も選手時代に輝けなかったからといって卑屈になることはない。むしろ、高校、大学での主将時代に発揮したリーダーシップを存分に生かす好機到来と捉えてほしい。
激励会ではこんな話もした。「監督になったからといって、偉くなったとは思わないでほしい。平石という船に乗っている人たちがいっぱいいるわけだから、その人たちを正しい方向に導いてあげないといけない」
今季の楽天は西武から浅村栄斗がフリーエージェント(FA)で加入、地元仙台出身の由規もヤクルトから加わった。石井一久ゼネラルマネジャー(GM)が支える点を含めて話題性のあるチームをどうかじ取りしていくのか。昨季最下位に沈んだ集団を立て直すのは容易ではないが、そこは一流企業での安定した生活をなげうって、果敢にプロの世界に飛び込んだ平石のこと。その熱血ぶりで荒波を乗り越えていくのではないかと期待している。
(野球評論家)