タイ病院の雄、BDMS 内憂外患
創業者不祥事や医療費統制 医療ツーリズムに影
東南アジア最大級の病院チェーン、タイのバンコク・ドゥシット・メディカル・サービシズ(BDMS)が揺れている。50近い病院を擁する巨大グループを作り上げた創業者トップが不祥事で辞任。さらにタイ政府が病院の医療費の統制を決めたことで、収益悪化の懸念が広がっている。同社は世界でも先進的な医療ツーリズムのサービスで知られるが、今後の競争力に影響が出るおそれもある。
BDMSは23日に取締役会を開き、暫定的なトップを決めた。1月に退任したプラサート・プラサートンオーソット最高経営責任者(CEO)兼社長(85)に代わり、ナルモン・ノーイアム最高財務責任者(CFO)が社長代理に就いた。
プラサート氏は航空会社株に絡む不正取引をタイ証券取引委員会(SEC)から指摘されている。司法の場で無実を主張する考え。今回の人事では正式な社長を置かずCEOも空席にしたため、「同氏が復帰することを前提にした人事では」(証券アナリスト)との見方があるが、実現するかは不透明だ。
BDMSはタイとカンボジアに合計47の病院を抱える。外国人やタイの富裕層を取り込んで急成長してきた。時価総額は三井物産が筆頭株主であるマレーシアのIHHヘルスケアと並び、世界の病院チェーンで5指に入る水準だ。
最大の強みは、外国から診療や検査目的で訪れる医療ツーリズムのサービスの質の高さだ。バンコク中心部に位置するバンコク病院の本院。高級ホテルのように清潔なソファが並ぶ広いロビーには、外国からの患者の姿が目立つ。
対応する言語はアラビア語、日本語、中国語など20カ国以上に及ぶ。それぞれ通訳が在籍し、診察に付き添う。イスラム教徒向けの食事提供や高級車による空港への送迎なども含め、きめ細かいサービスを売りにする。
院内には最先端の機器がずらりと並ぶ。米社製の手術支援ロボット「ダビンチ」や、短時間で鮮明な検査ができる磁気共鳴画像装置(MRI)などをそろえる。安全性の面でも、日本の大病院でさえ取得にてこずる国際認定をいくつも受けるほどの実力だ。
こうした外国人客は1人当たりの単価が圧倒的に高い。2017年は外来患者数全体の14%にすぎない外国人からの売上高が全体の30%を占めた。ここ数年で6%超の高い増益率を維持する原動力にもなってきた。
こうした成長はプラサート氏の手腕によるところが大きかった。今回の人事で、創業一族からは取締役代理としてプラサート氏の長男のプティポン氏(バンコク・エアウェイズ社長)が就いたが、従来のような経営のスピード感を維持できるかに不安を残す。
追い打ちをかけそうなのが政策変更のリスクだ。タイ政府は22日、公立に比べて割高な民間病院の医療費を抑えるため、医薬品や医療サービスの料金・価格統制をすると閣議決定した。現地メディアの報道によると、民間病院とその他では医薬品の売価に70倍以上の差があるという。
タイでは診療費や薬代を病院ごとに決められることが民間病院の強みになってきた。BDMSの17年12月期の売上高に対する純利益の比率は13%。KGI証券のアナリストであるパリン氏は「世界の同業が5~10%程度なのに比べ、利益率が高い」と語る。
BDMSは病院がタイに集中している。9カ国に展開するライバルのIHHと比べ、病院間の入院患者の融通や薬剤の大量調達などで規模のメリットが出やすい。だが政策変更が実現すればIHHよりも打撃は大きい。従来のような質の高いサービスを維持できるのかが問われることになる。
医療業界は政府の統制に反対の立場を示すが、政府は3月の総選挙を控えて「もうけすぎ」への批判を強める可能性がある。BDMSは不安定な経営体制で苦境を乗り切れるのかが注視される。
(バンコク=岸本まりみ)
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