マネーフォワード、赤字でも投資拡大の勝算
家計簿アプリやクラウド会計ソフトのマネーフォワードが先行投資のアクセルを踏んでいる。国内フィンテック企業として初の株式上場から1年4カ月。2019年11月期の連結売上高は前期比6割前後増える一方、広告宣伝費や人件費がかさみ赤字幅は最大3倍に膨らむ見通し。中長期的な成長に向け経済圏の拡大を優先させる。
マネーフォワードは個人と企業向けサービスの両輪で収益を稼ぐ。利用者が700万人を超える個人向け家計簿アプリは銀行口座やクレジットカードなどと連携しお金を見える化する。企業向けのサービスは会計ソフトなどをネット経由で提供するクラウド事業だ。
「業績は順調に伸びており、製品群も広がっている」。辻庸介社長はこう話す。18年11月期の最終損益は8億1500万円の赤字と前の期とほぼ同水準だった一方、中小企業など法人向けのクラウド事業を中心に売上高は59%増の45億円と高い成長を続けている。2月には勤怠管理のサービスを投入する計画だ。
積極的なM&A(合併・買収)で非連続的な成長を目指す。会計データ記帳代行のクラビス(東京・新宿)を買収したのは上場1カ月後。会計処理では紙に依存している企業も多い。紙データのデジタル化に強いクラビスを傘下に入れ、サービスの間口を広げた。18年7月には経営分析ソフトのナレッジラボ(大阪市)をグループ会社化し、予算実績の管理や資金繰りの支援などサービス拡充を図っている。
調査会社のMM総研(東京・港)が個人事業主を対象にした調査によると、会計ソフトを使っているのは全体の28.4%にとどまる。クラウド型はさらに少ないが、それだけ開拓余地は大きい。
18年8月にはクラウド導入支援のワクフリ(福岡市)を買収。クラウドサービスの選定から導入、使い方の指南まで一貫して担う体制を敷く。「中小のクラウド導入を促すには近道はない。サービスを磨くだけでなく、会計事務所や金融機関とも組み、導入を促す」(辻社長)。顧客基盤を拡大するため先行投資を続ける計画だ。
15日の決算会見でも辻社長は「クラウド事業を中心に人材やマーケティングへの投資を大幅に拡大する」と明言した。18年12月にはアジアや欧州の海外機関投資家から公募増資で約66億円を調達。このうち8割強をクラウド事業に投じる。広告宣伝費も増やし、認知度の向上を図る。
販売や開発体制の強化も進める。正社員数は5割増の約600人に増やす計画。国内のIT(情報技術)業界全体でエンジニアの採用競争が激化する中、19年1月にはベトナムのホーチミンに海外初となる拠点を開設。今後5年で100人規模にするという。
積極投資継続の理由は収益モデルにある。クラウド経由でソフトを提供する「SaaS(サース)」は販促費などがかさむ一方、料金をサブスクリプション(継続従量課金)型で得るため、利用者が増えるにつれ収益性が高まる。「中長期的なキャッシュフローの最大化を図る」。上場時から辻社長がこう強調するのはこのためだ。
蓄積した会計データを核に新規事業にも意欲的だ。貸金業登録を完了させた子会社を通じ、今春にも人工知能(AI)を活用したオンライン融資のサービスを立ち上げる。会計データで発注元、取引の金額や頻度を把握することで、従来の金融機関が融資しづらい中小企業や個人事業主の資金繰りを支援する計画だ。
ただ、こうした攻めの戦略を投資家が十分に理解しているとは言い難い。株価は18年3月に上場来高値(6380円)を付けた後、軟調に推移。市場全体の減速リスクを反映し、昨秋から一段の下落傾向にある。株価上昇の一因だった仮想通貨交換業への参入もまだ実現していない。
決算会見では、キャッシュフローをベースとするEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)で21年11月期に黒字化する目標を打ち出した。既存事業の利用者を増やしつつ、新規事業を新たな収益源に育てられるか。投資分を着実に結果につなげ株主に還元できるかが、問われている。
(企業報道部 駿河翼)
[日経産業新聞 2019年1月23日付]
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