テニス人生の土俵際 マリーは踏ん張れるか
テニスの四大大会第1戦、全豪オープン開幕が3日後に迫った11日、メルボルンの会場に衝撃が走った。元世界ランキング1位のアンディ・マリー(31、英国)が長引く右腰周りの痛みを理由に引退を示唆したのだ。ロジャー・フェデラー(スイス)、ラファエル・ナダル(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)とともに「ビッグ4」を形成し、男子テニス界をけん引してきた名選手が選手生命の瀬戸際に立たされている。
「体調はどうですか?」。11日の記者会見。冒頭の何気ない質問に「いいとは言えないね……」と答えたマリーはその後の言葉が続かない。こみ上げる涙を抑えきれず、顔を覆うようにして黙り込んでしまった。司会者に声をかけられて退室し、戻ってくると落ち着きを取り戻して現状を説明した。
全豪、最後の試合の可能性も
「できることはすべてやってきたが、20カ月ほど前から苦しんでいる右腰周りの痛みが消えない。プレーできないことはないが、光明が見えないまま延々と続けるのは厳しい。(7月の)ウィンブルドンでのプレーを最後にすることも考えているが、あと何カ月も痛みに耐えられるかわからない」。再び涙ぐむマリーは「全豪が最後の試合になり得るという意味か?」と聞かれると、「その可能性はある」と認めた。
17年の後半以降、ツアーを離れることが多かったマリーの世界ランクは現在230位。2年ぶりとなる今年の全豪は故障選手を対象とした救済措置での出場となる。現役に未練がないわけではない。「1年前に受けたものより大がかりな手術も真剣に考えている。テニスを含め、その手術を経て復帰したアスリートたちもいる」と言う。とはいっても「現実的に考えれば簡単な道のりではないし、僕がそうなれる保証はない。いまは靴下や靴をはくのにも痛みがあり、手術をするなら第一の目的は現役続行というよりも、支障なく日常生活を送れるようになることだ」。強いマリーを再び見るのは、かなわないのかもしれない。
マリーといえば、無尽蔵のスタミナと鉄壁の守りが思い浮かぶ。延々と続くラリー戦が真骨頂というプレースタイルは、2000年代以降、サーブ・アンド・ボレーに代わってラリー戦が主流になっていった時代の流れに合った。31歳という年齢は若くはないが、年長のフェデラーやナダルが第一線で活躍しているテニス界ではベテランの入り口に差し掛かったあたり。フットワークを生命線とした粘りと体力勝負のテニスは自身の体にも相応の負担をかけていたということだろう。
突然の"引退表明"は選手仲間たちをも驚かせた。錦織圭は「まだ動きはよくないと思っていたが、こうなることは考えなかった。彼との対戦で学んだこと、盗んだことは多く、もうちょっとやりたかった。回復して続けてくれることを願いたい」と話した。前哨戦が開かれたブリスベンでマリーと練習したばかりの大坂なおみは「初めて話したけれど、とてもいい人。友達になれそうな人がいなくなってしまうのは寂しい」と肩を落とした。
「ビッグ4」のライバルたちと比べると、マリーはいぶし銀の色が濃い。全豪での5回を含め、四大大会では準優勝8回。優勝3回はほかの3人に大きく水をあけられ、名勝負を演じながらも、最終的には倒すことより、後じんを拝することの方が多かった。
ナダル「既に素晴らしいキャリア」
それでもくじけない姿がファンの共感を呼んだともいえる。12年のウィンブルドン決勝でフェデラーに敗れた翌年、6度目の四大大会決勝にしてジョコビッチを破って英国人男子として77年ぶりの優勝を果たし、地元ファンを泣かせた。少々神経質そうなコートでの振る舞い、英国人らしいユーモアや皮肉を交えた物言い、時には人目もはばからず涙を流す正直な人柄が相まって、独特な味わいを醸していた。女子選手への敬意を忘れない言動も高く評価されてきた。
しのぎを削ってきたナダルは「昔の彼は悪童だったけれど、人生の重要な瞬間を分け合ううちにとてもいい関係になった。望んでいたような終わり方にならなかったとしても、既に素晴らしいキャリアだと思う」とねぎらいの言葉を贈った。フェデラーは「寂しいし、少しショックを受けている。彼がウィンブルドンまでプレーできることを願っている」とコメントし、同い年のジョコビッチは「よく似たプレースタイルで似たようなキャリアを歩んできた戦友が去るのはつらい。今後の対戦があるかどうかはわからないが、コートを離れてもよい関係を続けていきたい」と語った。
マリーの男子シングルス1回戦は大会初日の14日、世界ランク23位のロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)と組まれた。テニス人生の土俵際でも持ち前の粘りを見せたい。
(吉野浩一郎)