米、見切り発車のシリア撤収開始
【ワシントン=中村亮】内戦が続くシリアに駐留する米軍が撤収を始めた。過激派組織「イスラム国」(IS)の完全掃討や米軍と協力関係にあるクルド人勢力の保護などの撤収条件を満たしたとは言いがたい。撤収規模やスケジュールは明らかになっていないが、2016年の米大統領選の公約実現にこだわるトランプ大統領の意向を受けて、見切り発車の撤収に踏み切った。
米軍主導の有志国連合は11日の声明で「(米軍は)シリアからの計画的な撤収のプロセスを開始した」と発表した。シリアには北東部を中心に約2000人の米兵が駐留している。米メディアによると、まず軍事装備品の移送が始まり、米兵は退去していないという。
トランプ氏は「迅速な撤収」を当初は周辺に指示したが最近は「ゆっくりとした撤収」と修正した。それだけに、このタイミングでの撤収開始は「サプライズ」(米紙ニューヨーク・タイムズ)となった。
米政権高官は最近まで2つの撤収条件をあげていた。一つはIS掃討作戦で協力するクルド人勢力の保護だ。トルコはクルド人勢力をテロ組織とみなし米軍撤収後に攻撃する意向を示していた。トルコとクルド人勢力の戦闘が始まればIS掃討に支障が出る公算が大きい。もう一つの条件はISの完全掃討だ。
現時点では2つの条件を満たせていない。ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)は11日の米ラジオ番組で、18年12月にトルコのエルドアン大統領がトランプ氏との電話でクルド人勢力を攻撃しないと約束したと説明した。だがトルコのチャブシオール外相は10日「国家の安全を脅かす組織に必要な行動をとる」と強調し、攻撃を辞さない構えを見せる。
ボルトン氏も、米国とトルコの軍事当局者がクルド人勢力の扱いを巡って来週協議すると明らかにした。クルド人勢力の保護について少なくても詰めの協議が残っているとの認識を示した形だ。
ISの完全掃討も完了していない。ポンペオ国務長官は10日のカイロでの演説で「シリアのISが支配していた99%の領土を開放した」と語っていた。トランプ氏も昨年12月中旬には「ISを撃退した」と強調していたがその後は「大半のISはいなくなった」と修正した。IS復活を許さないためにはシリアや隣国イラクの治安改善が不可欠でさらに時間がかかるとの見方が多い。
条件を満たさない中でも撤収開始に踏み切ったのは「米国第一」を外交方針に掲げるトランプ氏の意向が働いたとみられる。ボルトン氏は11日、撤収後にイラクの軍事拠点からシリアのイラン軍やISに対応できるとのトランプ氏の主張に賛同した。ボルトン氏はイランの影響力拡大を防ぐためにシリア駐留継続を求めた経緯があり主張を軌道修正した。
米メディアによると、トランプ氏は数週間での撤収を当初求めるなど、ペースは緩めても撤収へのこだわりは強い。ひとまず撤収に動き出すことで支持者に公約実現に近づいているとアピールする狙いがありそうだ。
見えない撤収計画に現場は混乱する。米主要メディアは当局者の話として撤収の完了時期を報じているが、60日後から180日後まで幅が大きい。一部の部隊はシリアに残るとの見方もある。米軍に疑心暗鬼になるクルド人勢力はシリアのアサド政権やロシアに接近するなど、シリアを巡る勢力図はすでに変わり始めた。