ラグビーW杯8強へ 新たな「日本式」模索
1日4度の猛練習に、心を刺す叱責。前回W杯で日本を指導したエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ(HC)を、リーチ・マイケル主将(東芝)が冗談交じりに評する。「本当に厳しい監督で、半分イジメだった」。現在のジェイミー・ジョセフHCは正反対。戦術の細部やグラウンド外の行動は選手に委ねる。
試合前日の練習風景も様変わり。左右に目を光らせ、雷を落としたのが前任者。ジョセフ氏はグラウンドの隅でパソコンのキーをたたいている日もある。「今は細かいことを決め、問題を解決するのは選手」とリーチ。
百八十度に近い方針転換は、丸いボールの代表の歴史と重ねることができる。2002年のサッカーW杯で日本を率いたフィリップ・トルシエ監督は規律で選手を縛ったが、後任のジーコ氏は自主性を重視。ただ、チームはまとまりを欠き、W杯で散った。「自己主張が苦手な日本人には厳しい指導者が合う」の声は今もスポーツ界に残る。
サッカーと比べれば振れ幅は小さいが、ラグビーの代表も変化に戸惑った。前回W杯からの主力、フッカー堀江翔太(パナソニック)は言う。「初めはやりにくい感じがしたし、(チーム内の)コミュニケーションが難しいところもあった」
■選手が主導、一体感を醸成
幸運だったのは「選手主導」の絶好の実験場が存在したこと。16年、南半球最高峰リーグのスーパーラグビーに日本のサンウルブズが参加。代表組のほぼ全員が一緒に戦う。ハイレベルな舞台で試行錯誤を繰り返す中、選手による戦術の微修正や、一体感を醸成する手法は洗練されてきた。
テストマッチ3試合を戦った昨秋。練習後の空き時間に選手がパソコンの前に座り、問題点を議論する姿が恒例となった。選手が相手の全メンバーを分析し、弱点を書いて張り出す取り組みも行った。工夫が実ったのが、ジョーンズ氏率いるイングランドとの対戦だ。
世界ランキング4位の強豪に敗れはしたが、日本がテンポの速い攻めで押し込む時間は長かった。原動力はタックル後の密集戦での優位にあった。2週間前のニュージーランド(NZ)戦はここで完敗。ボールに絡む相手のはがし方などを選手自身も考え、見事に修正した。HCが与えた余白に選手たちが思い思いの色を塗り、1枚の大きな絵に仕立てつつある。
培われた主体性は、もう一つのハードルを越える力にもなる。それは模倣からの卒業といえる。
ジョセフHCは戦術も転換した。パスを多用してボールの保持時間を延ばし、後半の体力勝負に持ち込むのが従来。今は蹴り合いを増やして陣形が乱れた状態からの逆襲を狙う。個の力に優れたNZの方向性を同国出身のHCが輸入した。
日本の成熟度も上がってきたが、空中戦での体格差などは最後まで残る。HCも再認識しつつあるようだ。昨年11月末、W杯で対戦するアイルランドとスコットランドを念頭に語った。「体が大きく経験値のある強豪国には(キックを減らし)ボールの保持率を高めることが大事」。方向性の微修正を示唆した。
本番まで残り9カ月。NZ流と従来の日本式を合わせた最適解を探す作業が始まる。HCだけで見つけられるものではない。30人強の選手が頭を悩ませ、日本のスポーツ界の"定説"を破ることで8強への道は開ける。
(谷口誠)
■廣瀬俊朗氏「キック多様の戦術に深化」
前回大会から戦術を変え、キックを多用するジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が目指すラグビーへの理解度は深化してきた印象だ。2年余りの歩みの中で選手の戸惑いも消え、今はプレーに迷いがない。本番へいい方向に進んでいるのではないか。
キックには陣地回復だけでなく、陣形が乱れた状態(アンストラクチャー)をつくる狙いがある。志向するのは、ディフェンスライン後方の絶妙な位置へ蹴ることで相手を慌てさせ、ボールを再獲得してテンポを速める攻撃。いい球出しができれば、どこかにスペースが空く。そこへボールを運んでいきたい。基本スキルの精度の向上と密集戦で優位に立つことで、それが可能になってきた。
アンストラクチャーの対処にたけているニュージーランド出身のジョセフHCらしさがにじむ戦術は創造性も問われ、教え込まれたことを忠実に遂行していく日本人には苦手と思われてきた。ジョーンズ前HCがボールを「保持し続けよう」と指示してきたのもそのためだ。だが、キック以外の基本の技術の徹底が優先された僕たちとはベースが違う。
キックの担い手であるSO田村優は時折、集中力を欠く波が大きい選手だったが、蹴るかパスかランのいずれかを選ぶ判断の良さは際立ってきた。中途半端なプレーでカウンターを食らわないためには、ボールを追う選手との連動性が今後さらに重要になる。
今の代表は前回大会の自信が土台になっているが、本番を考えれば、試合に出られない選手も出てくる。チームを裏側で支える役割も必要だろう。8強に挑むには、やれる準備を全てやりきることが欠かせない。
(元日本代表主将)