ベトナムのマンション販売術 営業マンの心をつかめ
3年に1度は会社を変わる――。クリードのベトナム駐在員事務所長、山口真一が言うベトナム人の離職率のイメージだ。民間の調査会社の調べでも離職率は30~60%前後。「とにかくよく仕事を変わる」。
しかしそれはベトナム人の気質がいい加減であることを意味しない。むしろその逆。とにかく勤勉、そして倹約家。だからこそ給与に対してはシビアなのだ。「1ドルでも給料が高いなら、さっさと辞めてしまう。今日までうちの工場で働いていたと思ったら翌日、隣の別会社の工場にいた、といったことが実際にあった」。日本の大手製造業のベトナム工場長の話だ。
裏を返せば、給与面で正当に処遇すれば勤勉な若いベトナムの世代は動く。これがベトナムで人を使う時の忘れてはならないツボだ。クリードのベトナムの別動隊、アンギアはそこをよくわきまえている。
■高いインセンティブ
まず、アンギアは販売員が新築マンションを分譲した際のインセンティブが業界水準の平均値よりかなり高い。アンギアの場合、マンションを1戸売ると物件価格の3.5%を販売会社に1.5%を販売員に支払う。
例えば20億ドン(約1000万円)のマンションを売ったとすると販売員個人には3000万ドン(約15万円)がわたる。販売員の月収額は1000万ドン(約5万円)なので、1戸売ると月収の3倍程度のインセンティブが手に入る計算だ。これは大きい。
ベトナムの他のデベロッパーの場合、販売員個人が受け取る成功報酬は「0.8~1.0%くらいが相場」(ベトナム駐在員事務所長の山口)。アンギアとの差は最大で月収の1.9倍つく。
販売員に加え成績優秀者を後方支援したスタッフにも賞金を贈り、その販売員が属するチームにも4000万ドン(約20万円)~6000万ドン(約30万円)程度の賞金を贈る。しかも、きっちり約束した期日に遅れずに支払う。
アンギアが提携する販売会社ナム・フン・ランドの社員ビエン・グエン(31)は「アンギアはインセンティブについても金額、支払時期など細かい説明をしてくれるので、安心して仕事ができる」という。
■「最高の日」演出
お金だけではない。販売プロジェクトのフィナーレを飾る最後のパーティーでは成績優秀者にはスマホなどのプレゼント。時にはアンギア社長のグエン・バ・サンが「大きなロブスターを買ってきて振る舞うこともある」。
パーティーにはサーカスやバンドを呼ぶこともしばしば。会場を巻き込み雰囲気を盛り上げ、パーティーが最高潮に達したところで全員の前で成績優秀者にトロフィーを渡す。販売員にとって「最高の日」の演出だ。アンギアにはそれを専門で担当するチームすらある。
こんな計らいもアンギアならでは。日ごろ、どぶ板を踏み苦労している販売員は苦労の連続。その努力が報われ数字に結びついた時、「誇り高いベトナム人は周りに認められたい。私はもともと営業の現場からのたたき上げ。販売員たちがこんな時、どうしてもらいたいか、よく分かる」と社長のサン。
事前の準備も怠らない。アンギアは発売の1~2カ月前に販売員たちを集めて説明会を開くのだが、この場での一体感創出が入念だ。まず説明会でアンギアがプレゼントした同じポロシャツを販売員全員に着てもらう。大規模プロジェクトの場合、販売員はアンギアだけでは足らず委託先との提携となるが「マンションが全部売れ、プロジェクトが完了するまで仲間」だという印だ。
説明会では社長のサンが前面に立つ。売ろうとしている物件は「何にこだわっているのか」「どこが他社の物件より優れているのか」「どんな顧客にどんなふうに住んでもらいたいのか」を1日かけ徹底的に販売員たちに理解してもらう。
そして(1)信用(2)スピード(3)改善・改良(4)チームワーク(5)深く考えること――。社長のサンは自分が大切だと考えるこの5点に関して情熱的に語り、販売員たちをまとめあげていく。
創業時から社長のサンの右腕である副会長のグエン・チュン・ティンは「サンは常に挑戦し、学んでいく姿勢を失わない。そしてその姿が社員たちを1つにまとめていく」と話す。
ベトナムのマンション販売は物件が完成する前に営業活動が始まる。日本と同じ「青田売り」。モデルルームなどはあるが、顧客は建物の外観も見られない段階で購入を決めるわけだ。そのため、販売員にマンションの特徴を理解してもらう事前説明会がきわめて重要だ。
成長著しいアンギアには、出資したいというアプローチもきていると社長のサン。「現在、欧州系大手ファンドとアジア系大手メーカーと話をしている。第三者割当増資による出資を検討している。相手の名前は言えないが、だれもが知る企業ですよ」
2007年にアンギアの前身となる会社にセールスマネージャーとして入社、08年6月にこの会社の株を全株買い取りアンギアを創立した。「大きなビジョンを皆が納得できるよう語ることができる一方で、商品作りについては細部のディテールにまでこだわる人物。日本に来ても朝から晩までモデルルームを巡って勉強している」とクリード社長の宗吉敏彦。
=敬称略
(シニア・エディター 前野雅弥)
[2018年12月18日付 日経産業新聞]
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