ラグビー神鋼、真のプロフェッショナルが導いた栄冠
今季、ボールをスペースに運んで相手を意のままに動かす「アタッキングラグビー」を標榜してきた神戸製鋼が久々に栄冠に浴した。トップリーグ決勝と日本選手権決勝を兼ねて行われた15日のサントリー戦で55-5と圧勝し、トップリーグは創設された2003年度以来15季ぶり、日本選手権は18大会ぶりの優勝。長い低迷に終止符を打つ原動力になったのは、今季国内外から加入した真のプロフェッショナルたちだった。
17年、ニュージーランド(NZ)代表コーチのウェイン・スミス氏が退任するとの報に接した神戸製鋼の福本正幸チームディレクターは、すぐに指揮官として迎え入れることを思いついた。スミス氏はスーパーラグビー(SR)のクルセーダーズをヘッドコーチとして率いて1998年から2連覇。NZ代表も指揮し、11年と15年はアシスタントコーチの立場でワールドカップ(W杯)優勝に貢献した。神戸製鋼と提携関係にあるSRのチーフスでコーチ経験があったことも、福本氏が招請に動いた背景にあった。
■スミス氏が考えるラグビーのよさ
オファーを受けた当時、スミス氏が抱いていた神戸製鋼の印象は「キックが多く、セットプレーがベースのチーム」で、自身が理想とするラグビーとは趣が違った。スミス氏が考えるラグビーのよさはボールを手で自由に扱えること。「手で持ってプレーする楽しさを忘れてはいけない」。パスをつなぐダイナミックなNZ流の攻撃こそラグビーの醍醐味であり、点を多く取れる最善手というわけで、神戸製鋼が従来のスタイルを変える意志があるかどうかが、オファーに対して「イエスと言うかどうかの大きな要素だった」。
今春、総監督として神戸製鋼に入ったスミス氏はパス主体のラグビーをチームに浸透させるべく、基礎の徹底を重んじた。フランカーの橋本大輝によると、春はひたすらパスの練習をしたそうで「高校のときよりしたのでは」というほど。「細かい指先の動きにまでこだわってやっていた」という。
こだわりはあらゆる方面に及んだ。スミス総監督は日本を離れる時間が少なくなく、不在の間は同じく新任のデーブ・ディロン・ヘッドコーチが指揮を執ったが、「ウェインはNZに帰っているときでも全部の練習をチェックし、細かいフィードバックをしてきた」と橋本大。アタックでカバーすべきポジションに選手がいないと、とりわけ細かい指摘があったという。世界的な名将の精緻な分析ときめ細かい指導に、橋本大は「ウェインが見てくれていることがモチベーションにつながった」と感謝する。
スミス総監督はただチーム力の底上げを目指したわけではなかった。神戸市を拠点に活動したワールド(09年に休部発表)での指導経験もある立場から見た神戸製鋼は身近な存在であるとともに、全国社会人大会と日本選手権の7連覇といった輝かしい実績と、今年で創部から90年という誇らしい歴史を持つチームでもあった。特に会社が製鉄業である点に注目、「きついことから逃げず、率先して苦しいことをするイメージ」(橋本大)である「スチールワーカー(製鉄所員)」に敬意を表した。その姿勢がチームに広がり、選手もスタッフもスチールワーカーを理想の人間像に掲げるまでになった。
新日鉄釜石(現釜石シーウェイブス)に並ぶ日本選手権7連覇を達成した2日後に神戸などを襲った阪神大震災。製鉄所の作業員らが高炉の復旧を目指して奮闘した話を聞いたダン・カーターは「彼らが会社のためにしたことを聞いて感動した」。自身が育ったNZのクライストチャーチが11年に大地震に見舞われたこともあり、自分のことを顧みずに尽くしたスチールワーカーの逸話に心動かされた。やはり歴史を重んじるカーターは、秋に開かれた懇親会などでチームの軌跡をOBらから貪欲に聞き、神戸製鋼でプレーする意義を理解するようにも努めた。
■社員のチーム見る目にも変化
チームで工場見学をしたり、高炉のれんがをもらったりすることで、選手らも会社の一員であるという意識が向上。そのことで、社員がチームを見る目も変わった。「試合を見にきてくれる人が増えて、社内で声を掛けられる回数も多くなった」と橋本大。
大きな意味での一体感ができあがると、自然とチーム内の結束も強まっていった。ある選手によると、昨季までは、出場メンバーに入れなかった選手は同じポジションのレギュラーを素直に応援できず、試合に勝っても喜べないところがあったという。それが「会社のために」という自覚が一様に芽生えた今季は、勝ったうれしさから涙するメンバー外の選手もいたとか。彼らは日ごろ、対戦相手を分析してレギュラーのために格好の練習台を務め、その献身の姿勢に触れたレギュラー陣は「メンバー外のために」との思いを強くする。そんな好循環もチームの推進力になった。
スタッフでけん引役となったのがスミス総監督なら、グラウンドでのリーダー役を担ったのが、今季トップリーグの最優秀選手とベストキッカーに輝いたSOカーターだった。NZ代表112キャップ、世界最優秀選手に3度輝いた当代最高の司令塔は、試合に向けた準備の大切さを身をもって示した。橋本大の証言。「個人練習の大切さを教えてくれた。プロフェッショナルとしてどう行動していくか、カーターが率先してやってくれたので、みんなが見習ってやってきた」
優勝経験のない選手たちは15季ぶりのリーグ優勝を懸けた大一番を前に、百戦錬磨のカーターにすがるように「何か特別な準備をした方がいいか」などと質問した。カーターの答えはこうだった。「やってきたことを信じてプレーすれば大丈夫。これまでいいラグビーができた理由は、シーズンを通してハードワークしてきたから。決勝に向けて特別なことは必要なく、自分の仕事に集中すればいい」
決勝では「ハーフタイム後、後半10分までが大事だ。サントリーはどこからでも勝負してくる。その10分間で点数を取らなければいけない」と同僚に伝えた。22-5で折り返して迎えた後半は最初の10分間で2トライ。司令塔の言葉に背中を押されての連続トライで、勝敗の行方はほぼ決した。
日本選手ではサントリーから移籍してきたSH日和佐篤の功績が大きかった。日和佐は神戸製鋼に加入して間もない今春のある光景を今でも覚えている。体力向上のためのメニューを終えた同僚が次々にその場で倒れ込み、「次のアクションまでにものすごい時間がかかるチームだなと思った」。サントリー時代に外から見た神戸製鋼の印象も「どこかで(疲れから)下を向くタイミングがあり、そこを狙ってプレーしていた」。
■新参の立場を度外視して鼓舞
根幹となる基礎体力に欠けたチームの底上げへ、日和佐は新参の立場を度外視して同僚を鼓舞し続けた。言葉だけでなく、きつい練習に率先して取り組む姿勢でも訴えた。その姿は本人いわく「誰も何も言わなかったところに、口うるさいやつがきたという感じ」。
サントリーでトップリーグや日本選手権の優勝を経験した日本代表51キャップの猛者は、台頭してきたSH流大と併用される立場に飽き足らず、出身地の神戸を本拠とするチームに新天地を求めた。プレーヤーとして成熟した日和佐がなお厳しく自らを律する姿も、神戸製鋼の若手には心を入れ替えるきっかけになっただろう。
今回、古巣との対決で恩返しを果たした日和佐は試合後、「春は個人個人でやっていたのが、(一体感のある)ワンチームになった。ノンメンバーの選手が試合に勝って泣いてくれたりして、すごくいいチームになった」と語った。決勝ではもはや、へこたれて下を向く選手はいなかった。悲願の優勝へ顔を上げ続けた姿は、揺るぎない自信を得た手応えと、勝てないふがいなさでV7の栄光から顔を背けてきた過去との決別を表しているようでもあった。
(合六謙二)