タイ軍政が政治活動解禁 19年総選挙へバラマキで先手
【バンコク=小谷洋司】タイの軍事政権は11日、約4年半にわたり禁止してきた政治活動を解禁した。集会の自由などを認める。2019年2月に予定する民政復帰の総選挙をにらみ、重い腰を上げた。軍政は先手を打ってバラマキ策を連発。民主派勢力から「大衆迎合」との批判を受けつつも、国民の歓心を買うのに余念がない。総選挙で親軍政政党を勝たせたい軍政と、束縛を解かれる反対派の攻防が始まる。
軍政の意思決定機関、国家平和秩序評議会(NCPO)が声明で解禁を発表した。NCPOのトップを兼ねるプラユット暫定首相は11日「混乱は許されない」と述べ、政党や活動家が過激な反軍政活動に走らないようクギを刺した。
軍政は14年5月のクーデターで権力を握って以降、5人以上の政治集会を禁止。違反すれば身柄を拘束するなどして政治家や民主派活動家の動きを封じてきた。国際社会から繰り返し批判を浴びても、軍政は黙殺してきた。
11日には下院議員選挙法が施行され、150日以内に総選挙を実施する憲法上の規定も発動された。総選挙は2月24日の予定。政治活動の解禁を受け、軍政の事実上の延命の是非を争点とする論戦が本格化する。
有権者の間で根強く人気なのはクーデターで軍に政権の座を追われた、タクシン元首相派のタイ貢献党だ。現時点では同党とその友党が下院の最大勢力になると有力視されている。タクシン政権が導入した1回30バーツ(約100円)の低額医療制度などが歓迎され、貧しい農村が多い東北部や北部はいまなお貢献党の票田だ。
軍政を支えるのは反タクシン派の軍人、官僚、財閥など既得権益層が中心。軍政は現役閣僚4人を党首などの要職に送り込んだ親軍政政党「国民国家の力党」を設立。貢献党を含む既存政党から数十人規模の政治家を引き抜き、総選挙への態勢づくりを進めてきた。
国民国家の力党は軍政の政策を継承し、プラユット氏の首相再任も推す方針。貢献党など反対勢力を下院の半数以下に抑えたうえで、中堅の地方政党などを取り込み、親軍政権を樹立する戦略だ。形の上では民政復帰するが、政治に対する軍の影響力は温存する。
軍政は政治活動の解禁に先手を打つ形で、低所得者や高齢者への生活支援策を打ち出した。貢献党の牙城を切り崩し、軍政延命のシナリオを後押しするためのバラマキと受け止められている。
年収10万バーツ以下で政府に低所得者登録している約1450万人(国民の約2割)に「新年の贈り物」と称して一律500バーツを配るほか、通院費補助として高齢者に1千バーツを支給する。一連の生活支援策の総額は少なくとも500億バーツに上る。
軍政は「景気対策」と説明。「総選挙前に実施するのは偶然」(政府報道官)と主張するが、説得力は乏しい。「大衆迎合以外の何物でもない。国民は真の狙いを知っている」。反軍政派であり、二大政党の一角である民主党を率いるアピシット元首相は批判の声を上げている。
タイの南に位置するマレーシアでは、強権批判を浴びた前ナジブ政権が18年5月の総選挙で敗れた。隣国の政権交代を目の当たりにして、タイの軍政も危機感を強めたとみられている。
今後タイは本格的な選挙モードに入る。バラマキで有権者の囲い込みを図る軍政を相手に、反対勢力がどんな政策で対抗するのか。軍政が言論統制で抑え込んできた国民の声も明らかになる。