革新機構vs.経産省 「信頼壊した」官民ファンド休止へ
産業革新投資機構(JIC)の田中正明社長は10日に記者会見し、自身と社外取締役ら民間出身の9人の取締役が全員辞任し、新規投資を凍結すると発表した。高額報酬を巡る批判に端を発した経済産業省との対立は、ファンドの事実上の休止にまで発展した。成長企業にリスクマネーを流す試みは、官の関与を前に限界を露呈した。
田中氏は9人の辞任表明と同時に、コマツ相談役の坂根正弘氏や経営共創基盤の冨山和彦氏など5人の社外取締役がそれぞれ、辞任に至った理由を説明する声明文を公表した。田中氏は経産省がファンドに強く関与する姿勢に転じたことを批判し、「信義にもとる」と語った。
JICは約2200億円の投資枠を設けた第1号ファンドを米国で10月に立ち上げている。まだ投資実績がないため、これから清算する。
世耕弘成経産相は同日、田中氏の会見を受け、記者団に対して「JICの取締役にご迷惑をおかけし、事態の混乱を招いたことを改めておわびしたい」と語った。その上で事態の収拾にあたる「JIC連絡室」を10日付で設置したと発表した。
JICと経産省の対立が始まったのは、田中氏らに高額な報酬を払うことが表面化したころだ。田中氏は最大で1億円を超える報酬をもらう契約になっていた。田中氏は10日の記者会見で、自らが社長への就任を応諾した時点では「報酬の話すらなかった。この水準の報酬がほしいと言ったことは一度もない」とした。
その上で田中氏は「一度正式に提示した報酬を一方的に破棄する重大な信頼毀損行為」が経産省にあったと説明。書面で約束した報酬水準を一方的に破棄したことなどについて「法治国家ではない」と批判した。
世耕経産相は「(対立の)原因を作ったのは経産省が事務的に提示した報酬の提案を撤回したこと」と改めて謝罪。他方で「国の資金で運営される法人として、取締役会で決議した報酬に基づく予算であっても経産相が認可しないことは法律上想定される」とした。
田中氏は10日の記者会見で、「政府全体としての明確な指針がなく、途中で(方針が)変わることに問題がある」と語った。ファンドの前身である産業革新機構には経営不振になった企業の延命に手を貸したとの批判があった。
9月下旬のJIC発足時、田中氏は「単なるゾンビ企業を延命する気は全くない」と言い切っている。一方的な報酬変更に至るまでの経産省の姿勢は「自分たちの志を達成できるのか」という疑念を生じさせるに十分だったという。
政策目的や国会対応などを重視し細部の情報開示を求める経産省と、ファンドの自主性や機動性を重視する田中氏は局地的な対立を繰り返し、両者のすれ違いは解消できなかった。
関係者は「後任は政府の意図を忖度(そんたく)できる人物が選ばれる」と見る。官民ファンドが「政府の財布」にとどまるのであれば、日本の産業界の新陳代謝を促し、民間資金を呼び込むという当初期待された役割を全うするのは難しい。官民ファンドの改革はまたしても大きく遠のくことになる。
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