高騰続く選手の年俸 健全な球団運営へ手直し必要
スポーツライター 浜田昭八
プロ野球の新しい年俸を決める契約更改が、各球団で実施中だ。これから年末にかけて主力勢が登場し、1億円、2億円という数字が事もなげにニュースになる。これを、わが身の懐具合や年収と比べて嫉妬するか、稼働期間が短い特殊技能の持ち主がもらう金額として妥当と思うかは人さまざまだろう。
■「査定スコアラー」が貢献度をチェック
それは別として、年俸決定の仕組みはどうなっているのか。その昔は残した成績をもとに、監督、コーチによる「現場査定」を加味して、大まかに決められていた。この現場査定の公平性を巡って不満が生じることが多く、査定する監督らの負担も大きい。そこで今ではほとんどの球団が専任の「査定スコアラー」を置き、プレーを事細かにチェックしてチームへの貢献ポイントをはじき出す。それをもとに年俸額を決めるので、もめ事は減った。
たとえば、同じ内野ゴロでも走者を進めたゴロは、ただの凡打ではなく「進塁打」として貢献ポイントが与えられる。試合展開によって救援登板せずに済んだ投手の、ブルペンでの準備にもポイントが与えられることもある。
それほどキメ細かく査定しても、選手の不満が100パーセントなくなるわけではない。球団の金額提示を「保留」して、2度、3度と更改交渉に臨む選手が毎年何人かいる。保留しないまでも、長時間交渉で球団と渡り合った選手はいた。西武―ダイエー時代の工藤公康、巨人・桑田真澄が有名だった。
それでも球界では「粘る選手はそれなりに自信がある好選手が多い。あっさり球団の言いなりになる者に、いい選手はいない」とも言われる。一方で、長嶋茂雄や王貞治は毎年、極めて平穏に契約更改を済ませた。これに対して「トッププレーヤーが交渉で頑張らないから、我々の年俸が底上げされない」という声が、チーム内外から上がったこともあった。
これに対して王は「グラウンドで頑張れば、カネは後からついてくる」と反発した。ただ、長嶋、王に関しては正式交渉の前に下交渉を済ませ、表向きの交渉はメディア向けのセレモニーにすぎないとみられていた。スーパースターがカネに執着していると思われると、イメージが損なわれる。球団も、力相応の報酬を払わっていないとみられるのを嫌った。今ではどの球団でも、トップクラスの選手の更改交渉とメディアへの対応は、このON交渉に倣っていることが多い。
それにしても近年、年俸の高騰ぶりはすさまじい。フリーエージェント(FA)制の導入、スター選手の大リーグへの流出が契機になって、日本球界は戦力保持のために年俸を引き上げずにいられなくなった。貨幣価値と球界を取り巻く状況は異なるが、1980年代に活躍した巨人・江川卓のケースと比べると、現在の契約更改とはあまりにもかけ離れているのに驚く。
江川は79年に巨人入り。初年度の年俸は720万円(推定、以下同じ)だった。2、3年目に16、20勝を挙げて2年連続で最多勝投手になったが、年俸は3000万円どまり。以後、87年に引退するまでずっと2桁勝利を続けたが、最高年俸は16勝した86年のオフに更改した6100万円だった。
■出来高払いをメインに
取り巻く経済情勢が違うとはいえ、5000万、1億とジャンプアップする現在とは、昇給のペースがあまりにも違う。江川の時代が正常で、現在が異常とは言い切れないが、球界の健全な運営のために、年俸の体系を手直ししなければならないのではないか。
現行の「減額制限」が年俸改革の足かせになっている。大不振でも、減俸は選手の同意がなければ25%(年俸1億円超は40%)が限度になっている。江川ら実力派は「それが、大活躍したときにも大幅昇給をしない球団の言い訳になっている。こんな制限は取っ払えばいい」と語っていた。
FA選手の獲得、引き留めに絡む複数年契約も、年俸高騰の原因になっている。人材確保のためには、大型契約が避けられない。ところが、複数年契約を交わすと初年度、2年目と成績が落ちるケースが目立つ。それを防ぐために、出来高払いを併用する契約が増えてきた。
これを、一部出来高払いでなく、大部分を出来高払いにできないものか。今年引退した巨人・杉内俊哉が故障明けの契約更改で「基本年俸は最低限でいい。あとは出来高払いで評価する契約に」と希望したことがあった。年俸5億円を得ていたこともあり、金銭的に余裕があるからこそ言えたことではあろうが、これぞプロの心意気という気がする。
(敬称略)