タンパク質危機、新興企業に商機 昆虫や藻を活用
肉や魚に頼らずタンパク質を摂取できる食品を手がけるスタートアップ企業が増えている。従来あまり活用されていなかった昆虫や藻などを活用し、低コストで生産できる点に着目した。世界的な人口増大と新興国の経済成長で食料不足への懸念が高まっている。新たな市場だけに新興企業にも商機があるとみて、開発に力を入れている。
コオロギ50匹分の粉末を配合
行元沙弥さん(30)は10月、大阪市の自宅である商品を受け取った。一見すると普通のプロテインバーのようだが、実は1本に粉末状のコオロギ50匹分が含まれている。味も昆虫とは思えず、「甘さ控えめのブラウニーみたいでおいしい」と同僚に勧めているという。
コオロギのプロテインバーを作ったのはバグモ(京都市)だ。複数の昆虫を試した結果、味の良さと栄養価の高さでコオロギを選んだ。タイの提携農家から仕入れたコオロギを他社に委託して食品にする。クラウドファンディングの参加者などに試供品を配ったところ好評だったため、今月に販売を始めた。10月に滋賀県にパイロットファームを設けており、需要次第だが国内で自社生産を広げる可能性もある。
バグモのようにスタートアップが手掛ける昆虫食は外観は昆虫の形を残さず、加工して栄養分だけを生かすのが通例だ。エリー(東京・港)はカイコのサナギを粉末化し、ドリンクやサプリメントに仕立てる。「シルクフード」と銘打ち、ブランドの確立をめざす。
藻に含まれる植物性タンパク質を生かすのがタベルモ(川崎市)だ。現在、藻の一種スピルリナを美容目的の健康食品として販売しており、今後はタンパク質の摂取に主眼を置いた商品も開発する。同社では「2025年にタンパク質不足が顕在化する」とみており、その時期までに藻の生産量を増やして価格を下げ、販売したい考えだ。
旧ソ連のハエを活用
肉類や魚といった従来のタンパク源を、効率よく育てる手法に着目した企業も生まれている。
ムスカ(福岡市)はハエの一種「イエバエ」を使った魚の飼料を開発した。同社は45年間1100世代も交配を重ねたイエバエを持つ。旧ソ連が宇宙開発のために研究していたイエバエを冷戦後に買い取ったのがきっかけだ。国内で交配を続け、16年にムスカを設立して事業に乗り出した。
商品は2種類。イエバエの幼虫を乾燥させた商品は、飼料に5%ほど混ぜるとサイズが大きくなったり魚の食いつきがよくなったりするという。一般的に魚の飼料は価格が変動しやすいが、ムスカは安定供給できるのが強みだ。2つめがイエバエの排せつ物で有機肥料としての活用を見込む。
インテグリカルチャー(東京・新宿)は畜肉などの細胞を大きくして培養肉を作る。独自開発の培養液を活用する。まず25年前後に人工フォアグラを安全性を確認した上で一部のレストランなどで販売する考えだ。
肉類、増産に限界
国際連合は2050年に世界の人口が98億人に達すると予想する。さらに、アジアを中心に所得水準の伸びも顕著で肉類の消費が増えるとみられる。農林水産政策研究所によると26年の世界の消費量は13~15年の平均値比で牛肉、豚肉で18%、鶏肉で27%増える。タンパク源が不足する「タンパク質危機」を懸念する声も出始めた。
ただ、簡単に増産できるわけではない。国連食糧農業機関が13年にまとめたリポートによると牛肉1キロの生産に約10キロの飼料が必要だが、コオロギは2キロ弱。異常気象の影響などで穀物を安定的に収穫できるとは限らない中、少ないエサで済む昆虫が注目され始めた。
三井物産戦略研究所の岡田智之氏はタンパク質を摂取できる新分野の食品について「日本企業にも存在感を示すチャンスがある」と話す。タンパク質危機は現時点では日本で表面化していないが、将来に向けどこまで手を打てるかが競争力を左右する。
(清水孝輔)