稲葉監督の采配にみる ツキを呼ぶ「覚悟」
編集委員 篠山正幸
9日の日米野球第1戦、日本は4番への代打策という稲葉篤紀監督の好采配で勝利をもぎ取った。なりふり構わぬ用兵に、以前聞いた「決意表明」が、いかに固いものだったかをみる思いがした。
4-6の九回裏、日本は1死から中前打で出塁した代打上林誠知(ソフトバンク)が、3番秋山翔吾(西武)の空振り三振の際に二盗を決めたものの、2死。
■4番への代打策「苦渋の決断」
追い詰められたところで、断を下した。「代打会沢(翼、広島)」。4番の山川穂高(西武)への代打策は「苦渋の決断」(稲葉監督)だったという。
2番に最強の打者を入れるといった戦術が、メジャーでも日本でも出てくるなかで、4番、4番と騒ぐのもおかしいかもしれないが、もっとも信頼できる打者の一人である、という中軸での先発起用の意味を考えると、簡単に代えられるものではない。
決断をためらわせるもののすべてを吹き払い、稲葉監督は賭けに出た。その結果は吉と出た。
会沢が右腕、キルビー・イェイツから足元を抜ける中前打を放ち、5-6。会沢の代走に源田壮亮(西武)と、一気呵成(かせい)に仕掛ける。その流れに乗るように、5番柳田悠岐(ソフトバンク)が、バックスクリーンに逆転サヨナラとなるアーチをかけた。
稲葉監督は小久保裕紀前監督からバトンを引き継ぎ、2017年11月のアジアプロ野球チャンピオンシップから指揮を執っている。この大会を無敗で制したのに続き、18年3月のオーストラリアとの強化試合も連勝した。12日現在で2勝1敗となっている今回の日米野球や練習試合を含め、ここまで8勝2敗1分けの好成績を収めている。
アジアプロ野球チャンピオンシップ初戦の韓国戦は、苦戦しながらも8-7で振り切った。9日のサヨナラといい、稲葉ジャパンは勝ち運に恵まれているようにみえる。
その勝ち運も、座して待っていてはつかめないものだっただろう。
稲葉監督は小久保ジャパンで打撃コーチを務めた。17年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。本番前の壮行試合で負けただけで、小久保監督らはマスコミの厳しい論調にさらされた。
代表への期待は高く、その分、負けたときの失望は大きい。小久保前監督の傍らにいて、その厳しさを肌身で受け止めてきた稲葉監督は、大役を受けると決めたときには腹をくくっていたらしい。
「どんなことをしても、負けたらたたかれる。全員(レギュラーシーズンで)数字を残している選手を集めたとしても、負けたら言われる。だったら、自分の直感とかを信じて、選びたい」。選手選考の方針を尋ねたときの返答はそのまま、日本代表を率いるにあたっての決意表明になっていた。
数字はぱっとしないかもしれないが、ここぞの1本が期待できる選手が必要で、それは自分の感性で選ぶという。選考の根拠の説明には困るだろうし、負けたら、それこそ何をいわれるかわからないが「それは覚悟でやっている」と稲葉監督は話したものだった。
周りを固めるコーチ陣の編成も同様だ。気心が通じ、彼らと組んで駄目だったら仕方がない、と思えるような人材を選んだ。結果、金子誠、建山義紀という日本ハム時代の仲間が、それぞれヘッドコーチ、投手コーチを務めることになった。
■「何を言われても」の踏ん切り
「お友達内閣」の趣があるが、これまた稲葉監督は意に介さない。「どれだけの時間をともに過ごして、彼らの野球観、勝負観というものを見てきたか、聞いてきたか、またやってきたか。そのなかで選んでいるんで、だから何を言われようが、いいんです」
ここまで腹をくくっていればこその4番への代打だったのだろう。
「山川は前の台湾戦(7日の壮行試合、ヤフオクドーム)から合っていなかったし、きょうも自分のタイミング、間合いで打てていなかった。ジャパンとして、とにかく勝つことを目標にしている以上、他のメンバーもいるわけだから、最善の努力をする」と、サヨナラ劇を振り返った。苦渋の決断とはいうものの、一方では勝つための当然の策、と割り切っていたふしもある。
台湾戦で会沢は代打で出て、遊直だったものの、いいスイングをみせていた。「代打でいけるのもわかっていたし、調子もよさそうだったので会沢に賭けてみようと思った」。何を言われても、の踏ん切りがあるからこそ、ツキも巡ってくる。
本当の勝負となる20年五輪まで、2年を切った。本大会まで一つも負けない、というトーナメントに臨むような心情が伝わってくる采配。その「覚悟」への期待が高まる。