就活ルールだけが問題ではない(大機小機)
経団連の中西宏明会長の問題提起をきっかけに、大学新卒の就職活動ルールの見直しが動き出した。
経団連は10月、大手企業の採用面接の解禁日などを定めた指針の作成を2021年春入社分から廃止することを決定。政府がこの議論を引き取り、新たな就活ルールについて検討することになった。
大学生や大学関係者にとっては、会社説明会や面接解禁日など就活スケジュールがどうなるかが最大の関心事。「すでに外資系などは守っていないからルールは形骸化している」という不要論から「何らかのルールがないと混乱する」という必要論まで、企業側の意見にも幅があるようだ。
このままでは政府で議論しても、限りなく現状維持に近いルールになってしまう可能性もある。
ただ、中西会長が問いたかったのは、単に就活ルールをどうするという問題だけではなかったはずだ。グローバル競争にさらされる日本の大企業が、いつまでも国内の事情に縛られた新卒一括採用で競争力を維持できるのか。さらには、崩れつつあるとはいえ、なお残る終身雇用や年功序列賃金という日本型雇用がいつまでもつのか、という点である。
例えば、大卒新入社員の初任給。現状はほとんどの大企業が一律だが、将来の幹部候補と見込む新入社員には高い報酬を提示できないか。本当にグローバル競争にさらされる分野では、そうしなければ人材は獲得できない。すでにIT(情報技術)などの転職市場では当たり前になっている。
大学には「大学は就職予備校ではない」という意見もあろう。だが、「高い給与で雇ってもらえる学生を育てる」という教育目標があってもいいはずだ。
大学4年で卒業したらすぐに就職という慣行も日本独特のものだ。欧米では高校と大学、大学と大学院の間に一定期間、海外旅行やアルバイトなどを通じて見聞を広める「ギャップイヤー」というしくみがある。
大学卒業時の春にしかチャンスがないと思うから、その時期に就職志望者が殺到する。その時の景気の良しあしによってその後の人生に幸不幸が生じてしまうのも、今の新卒一括採用の問題だ。就活ルールだけに問題を矮小(わいしょう)化せず、幅広い議論を望みたい。
(琴線)