ブロッキング法制化で大激論、異例の取りまとめ断念
政府の知的財産戦略本部が2018年10月15日に開催した「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」第9回会合は、ブロッキング法制化の棚上げを訴える弁護士の森亮二委員ら9委員と、何らかの報告書を提出したい座長らとの溝が埋まらず、3時間半におよぶ激論の末「座長預かり」で散会になった。次回の会合は未定で、このまま検討会議が終了する可能性もある。
半数の9委員、棚上げ求める意見書
会議の焦点になったのは、検討会議の事務局が作成した中間まとめ案の第4章「おわりに」の記述だった。
検討会議はまず、海賊版サイトの被害実態を記した第1章、ブロッキングを除く総合対策を示した第2章、ブロッキング法制化に当たっての課題を示した第3章について、まとめ案の修正案を議論した。具体的には、サイト分析ツール「SimilarWeb(シミラーウェブ)」が推定した海賊版サイトへのアクセス数の妥当性や、被害額の算定法、米国の民事訴訟で漫画村の運営者に関わる情報を米コンテンツ配信ネットワーク(CDN)事業者から入手した事実の記載について話し合った。
第4章は中間まとめの結論部に当たる。事務局のまとめ案は、正規版流通や広告抑制などブロッキング以外の対策について直ちに取り掛かるとし、リーチサイト規制の法制化や、著作権を侵害する静止画(書籍)のダウンロード違法化の検討を進めるとした。
一方、ブロッキング法制化は賛成・反対の両論を併記した。「現時点において、最後の手段としてのブロッキングの法制化を進める段階にない」として慎重に検討を行うべきとする意見と、「ブロッキングを最後の手段とすることを前提とした法制化の議論を推進すべき」との意見を示したうえで、委員の間で合意が得られていないと明記した。
この事務局案に対し、森委員や東京大学の宍戸常寿委員など9委員は同日に「第4章は全文削除すべき」との意見書を提出した。
現在は出版社と通信事業者が協力のあり方について前向きに協議を進めている一方、ブロッキング法制化はこうした協力関係に再度亀裂を入れるとし、事務局に「ブロッキング法制化の強行を断念すべき」と求めた。さらにこの観点から、第4章全文を削除して以下のような「法制化棚上げ」の方針に書き換えることを要求した。
すなわち、ブロッキングの法制化については、法律を専門とする全委員の間で、現状では違憲の疑いがあることについて意見の一致をみた。また、ブロッキングの法制化に固執すること自体が民間同士の協力をかえって妨げている状況が認識された。
そのため、本検討会議は、ブロッキングの法制化については一旦見送った上で、民間の協力においてブロッキングを除く対策を総合的に推進するべきであると考える(第3章は本中間まとめの参考情報とする)。今後、民間の自主的な話し合いをもって迅速に協力体制が構築され、ブロッキングを除く諸対策が立案・遂行され、それらの効果検証がなされると共に、海賊版サイトによる被害が速やかに収束することを期待する。
残りの委員から異論 「報告書出す義務がある」
18委員のうち半分に当たる9委員が法制化の棚上げを求めた意見書に対し、残りの委員からは異論が相次いだ。
これまで通信事業者と出版社の協調体制を構築すべきと訴えていた日本写真著作権協会の瀬尾太一委員は「この会議は税金で実施している会議であり、報告書を出す義務がある。(報告書の提出に)反対するなら席に座るべきでない」と反論した。
法学の専門家である一橋大学の山本和彦委員も意見書に反対した。「(ブロッキング法整備の論点を記述した)第3章を参考情報扱いにするのは反対だ。かなりの時間を議論に費やしたし、私はこの議論をするために会議の場にいた。加えて、私は意見書のように『違憲の疑いがある』と断言できる自信はない。一定の手続きを踏めば違憲の疑いを払しょくする立法は可能だと考えている。『法律を専門とする全委員の間で意見の一致をみた』との修正はやめていただきたい」(山本委員)
「中間まとまらない」に 村井座長案もまとまらず
ここで村井純共同座長が新たな案を示した。第4章はブロッキングについて両論を併記せずに「意見がまとまらなかった」とだけ書く、というもの。「報告書の表紙タイトルも『中間まとめ』でなく『中間まとまらない』にする」(村井共同座長)。中間とりまとめは諦めるが、長い時間をかけて議論した中身は残す、という案だ。
だが、森委員はこの座長案にも同意しなかった。「『全委員が意見一致』『第3章を参考意見に』の2つは取り下げてもいい。ただ『憲法違反の疑い』と『法制化の見送り』を入れない(両論併記の)報告書には断固とした反対する」とした。
森委員は座長案に反対する理由として「どんな形であれ、両論併記の報告書を出せば、法制化を進める道具に使われるため」とした。
検討会議の報告書と解釈できる何らかの文書を公開すれば、事務局が強引に法制化のプロセスを進める可能性があるとし、事務局への不信感をあらわにした。この段階でのパブリックコメント(意見募集)の実施にも反対した。「私は、法制化を止めるために行動している」(森委員)
これに対し、カドカワ社長の川上量生委員は「森委員は(両論併記に賛成する)他の委員の表現の自由を奪い、自分の意見を通すことに固執するのか」と反論した。「我々はあくまで有識者の立場だ。それに対して森委員の行動は活動家だ。そもそも検討会議の役割を勘違いしているのではないか」(川上委員)
座長案に賛成していた弁護士の福井健策委員は、ここで「検討会議を無期限で延期してはどうか」と提案した。ブロッキング以外の対策を実施して効果を検証し、その結果を改めて議論の俎上(そじょう)に乗せ、法制化の是非を議論する。事実上の棚上げ案であり、森委員も検討会議としての報告書を出さないことを前提に賛成した。
中村共同座長「議事録を読んでください、は不親切」
だが、この福井案には川上委員やコンテンツ海外流通促進機構の後藤健郎委員が反対した。「(運営者を捕まえても止まらない)Anitube、(CDNサービスを使っていない)Miomioなど、これまで示された対策では止まらない海賊版サイトの事例がある。なぜ棚上げするのか、根拠が示されていない」(川上委員)
その後も、座長として何らかの報告書をまとめたい村井共同座長と、両論併記の報告書に反対する森委員との激しいやり取りが続いた。村井共同座長が「事務局が強引に法制化を進める、というのは邪推だ。私個人の報告書という形でもいい。これだけの時間で議論したのだから、社会に何を残すかを考えたい」と主張すると、森委員は「このまま流会でも全く構わない。検討会議の報告書ととられるものはダメだ。まぎわらしい文章は作るべきでない。今回のまとめ案の修正版も不要。議事録で十分だ」と返した。
予定の終了時間を1時間半超過する激論のえ末、最後は「座長預かり」として、結論が出ないまま散会になった。中村伊知哉共同座長は「期限のない延期だが、会議体が消えるわけではない。議論は続くことになる。今日の議論をどう扱うかはこちらで引き取る」とした。
中村共同座長は、検討会議の取りまとめは諦めるものの、何らかの形で中間まとめ案の修正版を作成する考え。「今のまとめ案と議事録を読んでください、はさすがに不親切だ」(中村共同座長)。今後の検討会議の運営方針は未定という。
(日経 xTECH/日経コンピュータ 浅川直輝)
[日経 xTECH 2018年10月15日掲載]
関連企業・業界