京都活性化に3兄弟走る 学生に起業の種まき
人材教育やイベント企画を手がける美京都(みやこ、京都市)は、長男が創業し、次男と三男が管理・新規事業開発を手がける3兄弟スタートアップだ。創業は2014年。社員も大半が20代から30代と若く、お互いを知り尽くすことで自由闊達な雰囲気が生まれている。長い歴史を持つ京都で、新興親族企業が躍動する。
「信用を得るためにどんなことが必要と思うか、書き出してみてください」。4月、大学生や高校生など約100人が梅田駅前の起業家支援拠点に集った。朝から夕方まで現役の起業家の話を聞いたり、グループに分かれて自分のなりたい将来像を書き出したり。ほとんどは初対面の学生同士が半年間、一緒に議論し、実際の起業を見据えたプロジェクトを共同で作り上げていく。
この「起業家アカデミー」は大阪市が主催。美京都が企画や運営に協力している。「起業のノウハウをマニュアルに沿って教えるのではなく、まずは自分と向き合って、必要な要素を考えるきっかけにしてほしい」。中馬一登社長(31)は自らの起業体験を生かし、学生からの相談や提案にアドバイスをする。
美京都の主力事業は人材教育、京都の観光都市としての活性化企画、地方創生の3つだ。特に力を入れているのが若者向けの人材教育で、10代のうちから海外でのインターンシップやさまざまなジャンルの就業経験ができる機会を提供。中学校や高校で社員が講演をしたり、各業界の最前線で働く社会人と会える機会をつくったりしている。
京都の観光資源を活用した新規事業にも注力。古民家を活用した宿泊施設の運営や、京都の文化を体験するエンターテインメントショーの企画なども手掛けている。
思いついたアイデアを次々に形にしていくスピード感は、フラットな合議制の会議から生まれる。若い社員一人一人が自分の事業のアイデアを持ち寄り、みんなでわいわい議論する。
創業者の一登社長は3兄弟の長男。「トップが全部決めるのではなく、一人一人が将来独立できる人材を育てたい」と話す。親族以外の社員が気を使うことで確執が生まれるリスクを勘案し、新規事業の大半を若手社員に任せている。
社名の美京都は一登氏の祖母の名前だ。「会社を大きくして祖母が元気なうちにみてほしい」という思いで名づけた。次男の拓也氏(29)が財務などの経営管理、三男の諄氏(25)が新規事業の開発などを担当する。
3兄弟の実家は自営業。事業を切り盛りする両親を近くで見てきた一登氏に「サラリーマンになる選択肢は最初から無かった」。学生時代にバックパッカーで世界を旅した経験から「社会の役立つことをしたい」と起業した。当時、その味が大好きだった近所のソースメーカーが廃業の危機にあり、商品開発や販売を手伝った流れで事業を継承した。今も3種類の味の「美京都ソース」の卸売りを手がけている。
さらに、子どもの自立支援施設に乗り込んで教育の必要性を訴えるといった人材教育事業の走りのようなことも手がけたが、どうにもビジネスの核が定まらない。経営で悩んだ時期に助け舟となったのが弟たちだった。まず次男の拓也氏が就職していた建設会社を辞めて経営に参加。その後、東京で働いていた三男の諄氏が加わった。
一登氏は熱意が人一倍強く、考えるより先に行動するタイプ。ただ意欲が先行し、現実が見えなくなるときもある。企業での経験が豊富な拓也氏と諄氏が支えることで、プロジェクトは実現可能な方向に軌道修正されていく。お互いの性格を知り尽くしているからこその役割分担だ。
京都は若い起業家が少ないといわれる。一方で何十年、何百年とかけて盤石の地位を築いた老舗企業が多い。「実際に起業してみると地元の人脈が事業の運営で大きな支えになると感じた」と話す一登氏。相談できる支援者や同業者が近くにいることで資金調達などの面でもプラスになるといい、実はスタートアップが育ちやすい土壌が京都にはあると指摘する。
帝国データバンクの統計によると関西には100年以上続く老舗が5000社以上あり、親族が継ぐ割合が高いとみられる。国内企業の7割近くが後継者不在といわれ、技術や資産を持ちながら後継者不在で廃業を余儀なくされる企業は多い。
近畿経産局は17年から、先代から受け継いだ経営資源を活用し、新しいビジネスモデルをつくる「ベンチャー型事業承継」を支援してきた。
特に関西は会社経営に携わる親の姿を見てきた若者が多く存在する。その経験が将来の「継承」や「起業」に関心を持つ契機となる可能性もある。親族経営の新しい在り方が生まれつつあるのかもしれない。 (川上梓)
[日経産業新聞 2018年10月5日付]
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