パット開眼もファンのおかげ 香妻8年目の初優勝
編集委員 串田孝義
今年3月に終了したフジテレビのバラエティ番組「めちゃイケ」(略称)のファンだった。数あるヒット企画の中でも筆者の記憶に残っているのが岡村隆史と横峯さくらが対決する、というオファーシリーズだ。番組では鹿児島県鹿屋市にあった横峯の父・良郎氏が主宰するゴルフ教室「めだかクラブ」も登場した。お笑いのスターと自由奔放な子どもたちとの交流も描かれたが、当時中学1年だった香妻琴乃、出水田大二郎らも天才少年少女として紹介されていた。
出てくる子はみな元気いっぱい、とても楽しそうだった。ただ、のちにプロゴルファーとなった香妻はいくつかのインタビューで「(めだかクラブには)父に無理やり連れて行かれただけ。本当に嫌々行っていた」と打ち明けている。
■成績どん底もファン離れず
香妻がもともと好きではなかったゴルフ。再び「心底ゴルフが嫌いになった」瞬間が昨年末に訪れた。2014年に賞金ランク19位となって初シードを獲得、現在の女子ゴルフ界の一大勢力でもある92年組(92年4月~93年3月生まれ)でも指折りの人気選手となりながら、シードは2年で失い、ついに昨年末には翌シーズンの出場権をかけた予選会(QT)ランクも104位に落ちた。
今季はレギュラーツアーの出場試合の確保さえ危うく、4年ぶりに下部ツアーにも出場した。試合で着るウエアのサマンサタバサをはじめ契約スポンサーは7社。「試合に出られないプロゴルファーになんの価値があるのか。スポンサーさんに申し訳ない思いでいっぱいで、ゴルフが嫌いになっていました」
プレー中の香妻から笑顔が消えていた。それでもファンは残った。「(下部の)ステップ・アップ・ツアーでも、どんなにスコアが悪くても、私の出る試合についてきてくれるファンがいた。それも想像していたよりずっとたくさんの数で。スポンサーの方も、1日ちょっと成績がいいだけで『ナイスプレー』と連絡をいただいて」
父・尚樹は確か3カ月前ぐらいだったと記憶している。香妻が「やっと見つかった」と笑顔をみせていた。ファンからもらった、良かったときの自分のプレー映像集を見ているうちに「これだ、というパッティングのヒントがひらめいた」のだという。
日本地区最終予選をクリアして出た全米女子オープン(5月31~6月3日)で予選落ちしたころが「調子としては最悪だった」と父はいう。その後も予選落ちが続いたが、いきなり6位に食い込んだ8月のCATレディースでパット数1位を記録した。前週の男子ツアーで幼なじみの出水田がプロ初優勝を飾ったのに触発されて10位に入ったゴルフ5レディースでもパット数は4位。球と体の距離感が遠すぎず近すぎず、常に「入れる」という攻めの気持ちで打てていた。2014年のパーオンホールでの平均パット数1.7586はツアー1位。どこからでもバーディーを狙っていた往時の気迫がよみがえりつつあった。
■最終日8バーディーで逆転V
9月14日~16日のマンシングウェア東海クラシックにはもともと出場権はなく、会場に先乗りして練習しながら欠場者が出るのを待つ「ウェーティング」の立場からツアー初優勝まで一気に上り詰めた。首位と3打差の10位から出た最終日を8バーディーで逆転。なかでも最終18番で沈めた2.5メートルの8個目のバーディーパットは圧巻だった。終わってみればこれが決勝の一打となった。
香妻は今夏、夜の5キロのランニングを日課にした。食事も時間帯に気を使うようになった。これらのダイエットの取り組みが腰痛の改善にプラスとなったことは疑いないが、こうした日々たゆまぬ努力に取り組むモチベーションを高めた時期がちょうど、父が記憶する娘に笑顔が戻ったころとほぼ一致するのは興味深い。パット開眼で取り戻した自信が、ゴルファー香妻の心のスイッチをオンにしたのだろう。
専門家のもとに通い、ぶれないメンタルについて学ぶようにもなったという。「右脳、左脳の使い方なんてことらしい。それはオレが昔から教えていたことだ、と言うと、中身の深さが全然違うと怒られる」と、苦笑する父はそれでもうれしそうだ。
プロ8年目の初優勝で出場できることになった27日開幕の日本女子オープン(千葉・千葉CC野田)。アマチュア時代から通算で過去6回出場し、シード1年目で出た15年大会(石川・片山津GC白山)で6位の成績を挙げた以外はすべて予選落ち。だが、腰痛による練習減から自分のゴルフを見失った16、17年の予選落ちは横に置くとして、パット巧者の香妻にとって本来相性は悪くない大会のはず。現在6週連続予選通過中。勢いはどこまで続くだろう。