「ブロッキングの章は削除すべき」海賊版対策巡り応酬
政府の知的財産戦略本部が2018年9月13日に開催した「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議(タスクフォース)」第7回会合は、次回19日の会合でとりまとめを予定している海賊版対策の中間まとめの素案を巡って怒号に近い批判の応酬となった。
事務局が示した中間まとめ素案は、第1章で海賊版サイトの被害実態、第2章で9つの総合対策、第3章は対策の1つであるサイトブロッキング(接続遮断)を法制化する場合の制度設計について議論をまとめたもの。
委員の間で意見が分かれていたブロッキング法制化の必要性について、まとめ素案は第2章で両論併記したうえで「本検討会議において合意を見ることはできなかった」と明記した。一方で第3章は、他の手段に効果が期待できない場合、司法判断に基づくブロッキングであれば憲法上の問題が生じる可能性は低いと整理した。
「ブロッキング法制化に向かってしまう」
この中間まとめ素案に対し、弁護士の森亮二委員は「他の海賊版サイト対策に『効果が期待できない』といった意見は出ておらず、この段階でのブロッキングは元より違憲の疑いが濃い」として、第3章のうちブロッキングの具体的な制度設計を議論した箇所を削除するよう求めた。「著作権侵害でブロッキングを認めれば、名誉毀損など別の権利侵害にも広がる恐れがある。このまとめ素案のままでは、両論併記という事実だけ残して、そのまま法制化に向かってしまう」(森委員)。
日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の前村昌紀委員も、中間まとめ素案について「(ブロッキングの制度設計を議論した)第3章がメインであるかのようにしか読めない。いびつだ」と異論を述べた。東京大学の宍戸常寿委員は、ブロッキング法制化は他の対策の実効性を見ながら中長期的に検討すべきだとし、第3章は本文でなく参考の位置づけにとどめるよう求めた。
一方、日本写真著作権協会の瀬尾太一委員は「(ブロッキングについて)タスクフォースで議論した量を考えれば、まとめ素案の構成に違和感はない。大幅な削除や恣意的な改変はせず、両論併記のままとすべき」、弁護士の福井健策委員も「今回の議論は大事な資産であり、あるがままに載せるべき」として、森委員が主張する削除案に反対した。
通信の秘密は「海賊版サイトをブロッキングされない自由」なのか
カドカワの川上量生委員は今回の中間まとめ素案に賛同するとともに、他の委員がブロッキング法制化に反対する根拠について疑問を表明した。「海賊版サイトへのブロッキングがなぜダメか、明快な理由をどの委員からも聞けなかった。断片的には森先生は『通信の秘密』、宍戸先生は『プライバシー権』、インターネット業界は『インターネットの自由』を理由に挙げている。だが海賊版サイトの運営は違法行為であり、ブロッキングのほかに止める手段がないサイトもある。通信の秘密、プライバシー権、インターネットの自由は、そうした海賊版サイトも止めてはならないとするものなのか。『私は海賊版サイトには反対だが、海賊版サイトをブロッキングされない自由は全力で守る』と主張するのか。皆さんは『通信の自由』など高尚なものを守ると主張しているが、実際に守っているのは『海賊版サイトをブロッキングされない自由』ではないのか。それは本当に守る価値があるのか。そこまで突き詰めたうえで判断してほしい」(川上委員)。
この川上委員の主張に、まず宍戸委員が反論した。まず憲法や法律が定める通信の秘密について「表現の自由やインターネットの自由、プライバシー、安全・安心な通信を保護する複合的なもの」と整理したうえで「通信の利用に必要な限度を越えて情報を知得・窃用されないようにすることで、大量監視などから一般ユーザーを保護するのが通信の秘密。それを守る結果として、海賊版サイト運営者の利益も守られてしまうのは事実だ。だからといって、一般国民を保護する通信の秘密を『海賊版サイトに利するから』との理由で制限することには慎重であるべきだ」とした。
続いて森委員は「国民がインターネットで不当な監視を受けない利益を守る方法は、国ごとに異なる。EUはプライバシー保護、米国は表現の自由、日本は通信の秘密。『ドイツでやっているから日本も大丈夫』という議論は誤りだ。宍戸委員が言うように、日本はプライバシーや表現の自由を守る強力な制度がない分、通信の秘密に依存している面がある」と主張した。
民間同士の協力体制、築けるか
総合対策の1つとして、海賊版対策の中心となる民間組織を立ち上げる「協力体制の構築」について、瀬尾委員は「他の対策との並列でなく、もっと大きな扱いにしてほしい」と訴えた。「利害関係者が協力する民間組織ができて初めて、他の方策も有効になる。民間組織が海賊版サイトのデータベースを作成するにしても、組織の信頼性を高めないと誰も従わなくなる」(瀬尾委員)。
他の委員も瀬尾委員の意見に賛同したうえで、「(グーグルのような)検索大手を巻き込むのが何より重要だ」(福井委員)、「正規版マークが付いた電子書店サイトは検索の上位に上げるよう検索事業者に求めるなど、お互いに知恵を出せる場を作るべき」(宍戸委員)などと意見を述べた。
だが通信事業者と出版社の間では、今回の会合でも互いを批判する発言が目立った。
日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の立石聡明委員は、「民間同士の信頼関係を築くため、まずブロッキング法制化を棚上げにしたうえで、著作権者である漫画家もメンバーに加えるべき」と主張。「(ブロッキングに関する)今の出版社の主張は、漫画文化を守ると言いつつ、出版社の利益を守っているようにしか見えない」とした。
「出版社、漫画家への侮辱だ」
この発言に川上委員は「立石氏に強く抗議する」と反発した。「(ブロッキングの主張は)出版社の利益のためでない。我々は泥棒された立場で、このままでは産業が成り立たない。今の発言は出版業への侮辱であり、漫画家の先生方への侮辱だ」(川上委員)。
さらに川上委員は「インターネットはその歴史において、違法配信でユーザーを拡大させていたのは事実。グーグルのサイトも、我々(ドワンゴ)のサイトもそうだ。その歴史を自覚していれば、今の発言は出てこないはずだ」と続けた。
会合の最後に、共同座長の中村伊知哉氏は「最悪の事態は『4.13(漫画村などへの緊急対策の決定日)』の事態を繰り返すこと。今後のまとめ素案の改定で、その展望が得られる総合対策に近づけたい」と、中間とりまとめへの意気込みを述べた。通信事業者と出版社の対立については「タスクフォースを通じて対立が深まったとすれば座長の不徳の致すところ。ひょっとすると『通信の秘密と財産権のバランス』という論の立て方が間違っていたのかもしれず、『互いの理念や自由が共存する場を探す』と言うべきだったかもしれない。今後はそうした場を作れるのではと考えている」と述べ、海賊版対策を担う民間組織の構築へ期待を示した。
(日経 xTECH/日経コンピュータ 浅川直輝)
[日経 xTECH 2018年9月13日掲載]