大谷の二刀流、「勝利への貢献」で価値を測ると…
野球データアナリスト 岡田友輔
前回までは、統計に基づく「セイバーメトリクス」が守備、打撃、投球、走塁をどのように評価するかをみてきた。今回はその一つの到達点として「貢献の勝利換算」という考え方を紹介したい。(今季成績は9月12日現在)
「WAR(Wins above Replacement)」と呼ばれるのがその指標だ。「勝利への貢献」という尺度を使うことにより、従来の指標では比較が難しかった選手同士でもフェアな評価が可能になる。三冠王と20勝投手をはかりにかけることもできれば、投打の「二刀流」の貢献度を知ることもできる。
■基になる「ピタゴラス勝率」
基になるのはセイバーメトリクスの創始者ビル・ジェームズ氏が提唱した「ピタゴラス勝率」という考え方だ。彼は膨大なデータを検証し、様々なスポーツにおいて、チームの勝率と得失点の間に一定の関係が成り立つことを突き止めた。数式にすると「勝率=得点のn乗÷(得点のn乗+失点のn乗)」となる。nの値はスポーツやリーグによって異なるが、プロの野球では2前後。バスケットボールだと13前後、アメリカンフットボールだと7前後になる。
実際、チームの勝率の9割はこのピタゴラス勝率によって説明がつく。となれば勝率を上げる方法は2つしかない。得点を増やすか、失点を減らすかである。得点を生むのは打撃と走塁であり、失点を減らすのは投球と守備の範疇(はんちゅう)だ。
これまでみてきた通り、セイバーの考え方を使えば、打撃や走塁で生み出した得点や、投球や守備で防いだ失点を計算できる。これらを足せば、個々の選手が走攻守すべてでもたらした「得点価値」を算出できる。得られた値を「平均」と比較すれば、その選手がもたらした付加価値を測れる。これを1勝分に当たる得点価値(シーズンによって変動するが毎年9~10)で割れば、その選手が何勝分の貢献をしたかがわかる。プロ野球ではシーズンによって得点が入りやすかったり、入りにくかったりするが、貢献度を勝利数に換算することで、異なるシーズンでも比較ができるようになる。
ここで注意したいのが「平均」の概念だ。こうした評価手法が登場した当初はリーグ平均との比較で選手を評価していた。ただそれだと、次のような問題が生じる。たとえばレギュラーとして年間600打席立ったAという野手がいたとしよう。彼のプレーの得点価値がリーグ平均並みだった場合、Aには価値がないということになってしまう。しかしそれは違和感がある。
そこで出てきたのが「控えレベルに比べた貢献度」という考え方だ。Aが故障などで欠場したケースを考えてみよう。その穴を埋めるのは控え選手のBだ。一般的に控えのレベルはレギュラークラスよりも低い。いいかえれば、Aは試合に出場する(Bを試合に出さない)だけで一定の価値を生み出している。これは投手も同様だ。主戦投手がローテーションを守り、1軍半のレベルの投手を登板させなければ、彼らはそれだけでチームに貢献している。
■控えレベルとの差で測る
こうして現在のセイバーでは、控えレベルとの差によって選手の価値を測るようになった。控えレベルをどのように定義するかに一律のルールはないが、DELTAでは過去のデータに基づき、打席での得点獲得能力をリーグ平均の9割弱としている。投手の理論上の失点率(tRA)ならリーグ平均の1.3~1.4倍だ。それぞれの投手の失点率をこの値と比較する。
野手では守備位置による調整も加える。同じ野手でもポジションによって守備の負担は大きく変わる。捕手や遊撃手、二塁手は高いスキルが求められるうえに人材も限られるが、左翼手や一塁手は比較的負担が少なく、指名打者は守りさえしない。そこで多少強引ながら、守ったポジションの難易度と出場機会に応じて得点価値を加減し、補正を試みる。
具体的にみてみよう。2017年、12球団で最高のWARを記録したのはセ・リーグの最優秀選手(MVP)に輝いた丸佳浩(広島)だった。打率3割8厘、23本塁打、92打点、13盗塁の成績を残した丸は打撃で43.9点、走塁で7.7点の付加価値を生み出し、守備でも17.1点を防いだ。さらに全143試合に出場し、控え選手を出さなかった上積みが15.7点。守りによる負担が平均の中堅手なので、ポジションによる調整はほとんど必要ない。これらをひっくるめると丸の存在がもたらした付加価値は83.8点。勝利数に換算したWARは8.9だった。投手では185回2/3を投げ、15勝7敗、防御率2.57の好成績を残した則本昂大(楽天)が7.4でトップだった。
大詰めを迎えている今季はどうだろうか。野手では柳田悠岐(ソフトバンク)が8を超え、山田哲人(ヤクルト)が続く。センターラインを守り、走攻守で貢献できる万能型は貢献度が大きくなる。対照的に筒香嘉智(DeNA)やウラディミール・バレンティン(ヤクルト)といった強打者たちは打撃では貢献しながら、走塁では上積みできず、守備は足かせになっている。また、打撃でのマイナスを走塁や守備で補ってあまりある源田壮亮(西武)のような選手もいる。
投手のトップは菅野智之(巨人)。ただ、数値は6.1と野手より少ない。菅野に続く則本、東克樹(DeNA)、菊池雄星(西武)らは5にも満たない。投手のWARが野手に見劣りするのは中6日での先発が定着した現代野球ではやむを得ない面がある。連日、走攻守で数字を稼ぐ機会がある野手に対し、投手は週に一度、ほぼ投球だけでしか試合に関われない。イニング数の少ない救援であればなおさらだ。
それでは最後に、野手と投手で活躍する大谷翔平(エンゼルス)の貢献度をみてみよう。日本ハム時代の16年シーズンを取り上げたい。この年の大谷は投手として140回を投げて10勝4敗、防御率1.86、打者として382打席で3割2分2厘、22本塁打、67打点の好成績を残した。クライマックスシリーズでは165キロをマークするなど記憶にも残るプレーで日本一の原動力となった。
■固定概念とらわれぬ起用法奏功
この年の大谷は野手として4.6、投手として5.8、計10.4のWARを記録した。同じ年、最高のWARを残した野手は坂本勇人(巨人)で9.6、投手では菅野の6.9だった。当初は賛否両論あった二刀流だが、固定概念にとらわれない起用法が大谷の価値を最大限に引き出したことがわかるだろう。規定打席にも規定投球回にも届かず、タイトルは取れなかったが、二刀流の価値はその物差しでは測りきれない。球界最高の貢献をした大谷は堂々のMVPに選ばれた。
日本ハムは入団直後、大谷に遊撃をやらせようとしたことがある。結局、野手としては指名打者で起用されるようになったが、遊撃ができていれば守備での貢献も加わり、WARはさらに上がっただろう。常識を打破した日本ハムの柔軟で合理的な発想は、他球団の参考にもなるはずだ。