海賊版サイト対策「場外戦」 ドワンゴ川上氏ら熱弁
LINEが運営を支援する情報法制研究所(JILIS)は2018年9月2日、「著作権侵害サイトによる海賊版被害対策に関するシンポジウム」を開催した。ドワンゴの川上量生取締役最高技術責任者(CTO)や東京大学の宍戸常寿教授、セーファーインターネット協会の別所直哉会長、日本漫画家協会の赤松健常任理事など17人の識者が登壇した。
まず千葉大学の横田明美准教授が、知的財産戦略本部が開催した「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」の流れを紹介。さらにインターネット接続事業者(ISP)による海賊版サイトへのアクセス強制遮断、いわゆるサイトブロッキングの法制化について、検討会議における賛成・反対の意見を整理した。続いて川上氏、宍戸氏、別所氏のプレゼンテーションを経て、司会の宍戸氏を含む17人のパネリストが3時間半にわたる長時間の全体討議を実施した。以下、テーマごとに分けて主要な発言を紹介する。
コミックの正規流通、子どもを排除していないか
コミック事業を主力とする中堅出版社、竹書房の竹村響執行役員は、海賊版サイト漫画村の被害について「漫画村が台頭した17年末から18年初頭にかけて、売上高が2割減った。これは初めての事態だ」と明かした。「今回は4カ月で済んだが、これが1年続けば、我々のような中規模の出版社は倒産してしまう。売り上げ減になれば、作家の取り分も当然減る。月に20万円支払っていたのが16万円に減るといった具合に。そうなれば、廃業せざるを得ない漫画家も増えてくるだろう」(竹村氏)。
「ラブひな」「魔法先生ネギま!」などの代表作がある漫画家の赤松健氏も、自ら経営する電子コミック事業において漫画村の被害は大きかったとしつつ、「漫画村は最盛期にはインスタグラム並みのアクセス数があった。(当初は違法動画を配信していたが、後に権利者と正式な配信契約を結んだ)米クランチロールのように、漫画村をホワイト化する手もあったのではないか」と指摘した。「漫画家側からも建設的な提案ができるように、そもそも(政府の)検討会議の委員の1人に加えてほしかったし、出版社はブロッキングについて漫画家の意向を聞いてほしかった」(赤松氏)。
正規版コミックの流通について、用賀法律事務所の村瀬拓男弁護士は、正規版配信認定マークの運用を18年秋から始めると明らかにした。「ほとんどの電子書店が参加する。米アップルや米アマゾン・ドット・コム。米グーグルも参加する予定だ」(村瀬氏)。これにより、ユーザーはサイトが海賊版か否かを客観的に判断できるという。
国際大学GLOCOM 客員研究員の楠正憲氏は「現在の電子コミック流通の仕組みが低年齢層の読者を排除しているのでは」と指摘した。「低年齢層でも欲しいものにはお金を払いたいという気持ちはある。しかし、現在の電子コミック書店の多くはクレジットカード払いが必須など、低年齢層が買える仕組みが整っていない」とした。
サイバー空間でどこまで「法」は届くのか
「海賊版サイト対策の本質は、サイバー空間における『法執行』の問題だ」。国際大学GLOCOMの楠氏はこう語る。
大規模な海賊版サイトのほとんどは、コンテンツ配信ネットワーク(CDN)事業者の米クラウドフレアがコンテンツ配信を支援している。同社は権利者による削除要請に応じないことで知られるが、実効性のある法執行の手段として「総務省は電気通信事業法の届け義務違反で、出版社は米デジタルミレニアム著作権法に基づく訴訟の提起で、クラウドフレアの法務担当者を引きずり出せるのでは」と指摘した。
現行の制度で法執行の手段を積み重ね、それでも十分な成果が出ないという事実を確認して初めて、新たな立法が必要だと客観的に証明できるという。「立法事実を作ることがまず大事。そこが満たされていないのが(ブロッキング立法化の)一番の障壁になっている」(楠氏)。
北尻総合法律事務所の壇俊光弁護士も「今回のブロッキング法制化の対象が大規模海賊版サイトであれば、本来はクラウドフレアへの法的措置で足りるはず」と主張した。
実務的には、現行の著作権法に基づきクラウドフレアに対して日本の裁判所で訴訟を提起するのは可能とし、「ブロッキングが最後の手段なのだとすれば、まず私に(CDNへの配信停止請求を)依頼し、ダメだったときに初めてブロッキングを検討すればいい」(壇氏)と語った。
楠氏は「海賊版サイト対策の基本は、犯人を捕まえてサイトを閉鎖させること」としたうえで、日本の警察の捜査能力にも疑問を呈した。「漫画村に広告を出稿しているアドネットワークも日本の事業者、決済口座も日本のもの。犯人にたどり着くのは容易だったはず。仮想通貨で取引するなどもっと高度な手口であればともかく、漫画村のケースは極めて低レベルの犯罪で、これで犯人を逮捕できないというのは国際的にあってはならないこと」として、サイバー犯罪捜査に習熟し、海外の捜査機関との連携が取れる人材の育成を訴えた。
これに対して立命館大学の上原哲太郎教授は、サイバー犯罪捜査で警察に協力している立場から「能力が低いという問題は確かにある」と同調した。「日本は『国家警察』を作らないとの大前提があり、サイバー犯罪事案も都道府県単位で捜査している。国際的な事案では都道府県警から警察庁を通すため、連携がワンテンポ遅れる」(上原氏)。サイバー犯罪については捜査能力を集約する必要があり、これには「国民のコンセンサスが不可欠」とした。
一方、カドカワ社長でもある川上氏は、法執行の要請を含めて「出版業界は合理的な範囲内での努力は全てやっている」と主張した。
クラウドフレアについては「米国も状況は同じ。企業がクラウドフレアを17年に訴え、一度は勝訴したので我々は大いに期待していたが、その後和解してしまった。(削除要請に応じない)クラウドフレアの対応が訴訟で変わるかは不透明だ」と主張。「CDNを落とせ、警察が捕まえろと叫ばれるが、今は現実としてできていない。これらを理由にブロッキング法制化をするな、というのは正当性がない」と反論した。
川上氏は、今のインターネットの自由は海賊版サイトなどネット上の違法行為を放置する「治外法権」につながっていると指摘する。「ネットの治外法権を国家がどこまで認め、どう折り合いをつけるか。(ブロッキング法制化を検討するうえでは)議論されてもいいテーマだ」(川上氏)。
アクセス警告方式に「同意の形骸化」と反論も
東京大学の宍戸氏は冒頭のプレゼンで、ブロッキングやフィルタリングに代わる第3の方式として提案した「約款に基づくアクセス警告方式」を改めて説明した。
アクセス警告方式は、海賊版サイトにアクセスしようとしたユーザーにいったん警告画面を表示し、それでもサイトにアクセスするかをユーザーに選ばせるというものだ。警告の表示は約款による利用者の包括同意に基づくとし、かつ同意を変更するオプトアウトを可能にすることで、通信の秘密を侵害しない形で導入できるとする。
これに対し、シンポジウムに参加していたJILISの高木浩光理事は「(通信の秘密の解除に必要な)『同意』を形骸化する点で、大反対」とした。「司法の判断を通さず、民間のリストで通信路に介入すれば、通信の信頼を失う。アクセス警告方式が通るくらいなら、むしろ司法型ブロッキングの法制化に賛成する」(高木氏)。
この反論に、英知法律事務所の森亮二弁護士が再度反論した。「ブロッキング法制化のほうがアクセス警告方式よりもましだ、との主張を私は受け入れられない。『通信の秘密が著作権に劣る』ことを確認することになるからだ。それよりは『同意がある』との説明で解決するほうがましだ」(森氏)。
OP53Bは「やってしまうと止められない」
川上氏は冒頭のプレゼンで、ブロッキング回避の対抗策として「OP53B(外部DNSサーバーの利用を防ぐため、ISPがDNSサービスに必要な53番ポートの通信をブロックする技術)」の導入を改めて主張した。「効果はある。DPIブロッキングやIPブロッキングと比べて費用も副作用も小さい。希望するユーザーをブロックの対象外とするオプトアウトを前提とし、さらに固定IPを除外とすれば、副作用などの懸念材料の多くは除去できるのではないか」(川上氏)。
これに対し、上原氏は「OP53Bはやってはいけない」と反対した。「OP53Bは徐々に効果が薄れる一方で、一度やってしまうと止められなくなる。ひとたびISPがブロックすれば、それを外す論理が出てこない」(上原氏)。これに対して川上氏は「そもそも、インターネット対策に恒久的なものがあるはずがない。5年間の時限設定としてもいい」(川上氏)と再反論した。
ISPと出版社が信頼関係をどう築くか
セーファーインターネット協会の別所氏はプレゼンで「海賊版サイト対策をめぐる最大の問題は、権利者とISPの間で協力関係ができていないことにある」とした。「児童ポルノのブロッキングや、私が関わったオークションサイトでの海賊版出品対策などでは、関係者間で協議し、協力体制を築くことで対策を実施できた。一方、出版業界は(権利者を代表して侵害コンテンツの配信停止をISPに要請する)信頼性確認団体すら設置できていない」(別所氏)として、出版業界も汗をかくように訴えた。
さらに全体討議で別所氏は、ブロッキング法制化を前提とする議論では妥協点を見いだしづらいとして、まずは双方が協力関係を築くため、「一度ブロッキング法制化の議論を棚上げすべきではないか」と提案した。
日本インターネットプロバイダー協会の立石聡明専務理事は、権利者と協力関係を構築するに至らなかった理由として「(緊急避難でブロッキングを容認した)4月の政府決定が信頼関係を崩した原点だ」と語った。
「出版業界にとって、武器は1つでも多く欲しい」としてブロッキング法制化に賛成する用賀法律事務所の村瀬氏も、4月の政府決定については「乱暴だと思った。あんなことを言いださなければ(ISPと出版社の間で)協力関係ができたのかもしれない、と今になって残念に思う」とコメントした。
川上氏は「出版業界の取りまとめができていないとの批判はその通り。言い訳できない。努力したい」と語った。
シンポジウムの最後に、JILIS専務理事の江口清貴氏が登壇。参加者に「漫画が大好きですか?」と問いかけると、聴衆のほとんどが手を挙げた。「そうであれば、(海賊版サイトによる漫画家の危機を)みんなで救おうと考えるのが本筋だ。ブロッキングには賛否あるが、それを出版社に言わせている現状も理解すべき」として、お互いの協調を呼びかけてシンポジウムを締めくくった。
(日経 xTECH/日経コンピュータ 浅川直輝)
[日経 xTECH 2018年9月3日掲載]
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