投手・大谷が復帰 気になる「二刀流」の行方
スポーツライター 丹羽政善
2日(日本時間3日)に投手としての復帰を果たし、再び投打の「二刀流」選手としてフィールドに立ったエンゼルスの大谷翔平。来季も同様の起用が想定されるが、それを支えてきたマイク・ソーシア監督勇退の噂、主砲アルバート・プホルスの左膝手術は何を意味するのか。
エンゼルスはこのオフ、再建とともに難しい課題に直面する。
統計学を駆使し、客観的に選手を評価するセイバーメトリクスと打球の初速、角度、投手が投げる球の回転数などを計測できる「スタットキャスト」というシステムで得られる数値をもとにしたデータ野球は、共通項が少なくない。与えられた数字をどう分析するか。選手評価やスカウティングにどう生かすか――。
■名物監督、すっかり「希少種」に
その裏にしかし、大物監督を必要としないという非情な一面もあり、むしろ、力のある彼らは意思疎通の上で障害にすらなりうる。リーグを見渡すと今、いわゆる名物監督といわれる存在はすっかり"希少種"となった。おそらくその流れとソーシア監督退任報道は、一致する。
8月上旬のこと。米FOXテレビのリポーターなどを務めるケン・ローゼンタール記者が「ソーシア監督がシーズン終了後、契約切れに伴って退団する」と伝えた。
ソーシア監督は「何も決まっていない。戯れごとにすぎない」と一蹴したが、米紙「USA TODAY」のボブ・ナイチンゲール記者もソーシア監督の引退を報じ、ローゼンタール記者は出演したテレビ番組で「情報には絶対の自信がある」と強調した。
やはり、既定路線か。
ナイチンゲール記者は「他球団から声がかかる可能性もある」としながらも、その可能性を暗に否定。背景に時代の流れがあることをにおわせる。
同記者は8月27日付のUSA TODAYで、ソーシア監督ら大物監督が消えゆく現状に触れているが、取材に答えたカブスのジョー・マドン監督のこんなコメントが如実に状況を物語る。
「時代が変わった。フロントオフィスの人間は自分たちと同じ考えを持ち、評価手法などを受け入れる人材を監督に求めている。もしも、データ分析に基づく野球を受け入れられなければ、その時点で大リーグの監督になるチャンスを失う」
今や、フロントオフィスが戦い方を決める時代。たとえば、こういうデータがあるから、こうした選手起用をしてくれと監督に要請する。監督がそのデータを理解できなければ、その時点でその監督がユニホームを着ていられる時間は短くなる。それを突っぱねる豪胆な監督もいなくはない。「俺は俺のやり方で勝ってきた。だから、口を出すな」と。だが、そんな監督もおそらく、遅かれ早かれ退場を迫られる。
■ソーシア監督、昔に比べ柔軟に
地元記者らに聞けば、それでもソーシア監督も昔に比べれば柔軟になったという。
かつて、エンゼルスのゼネラルマネジャー(GM)を務めたジェリー・ディポト氏(マリナーズGM)は、データなどを提示してソーシア監督に理解を求めたが、一蹴された。やがて権力闘争に発展すると、チームを去ったのはディポト氏の方だった。
2000年代に5度の地区優勝を果たし、02年にはワイルドカードからワールドシリーズ制覇。それだけの実績を持つ監督と新米GMでは勝負にならなかったが、10年以降は14年に地区優勝が一度あるだけ。15年オフにビリー・エプラー氏がGMに就任すると、エプラー氏の巧みなアプローチもあり、ソーシア監督もその指示に耳を傾けるようになったそうだが、それでもまだ両者には食い違いもみられる。
たとえば内野守備シフト。8月31日現在、エンゼルスの内野守備シフトの比率は大リーグ30球団の中で一番低く、わずか3.3%。トップのアストロズが38.8%なのとは大きな差がある。内野守備シフトが有効かどうかという点では議論が分かれるが、シフトを多用するヤンキースのアシスタントGMなどを務めてきたエプラーGMにしてみれば、もどかしく映るのではないか。
となると、エプラーGMが意のままに自分の考えた野球を体現してくれる監督を望んでもおかしくない。
先のディポト氏はマリナーズのGMとなった後、ロッキーズ時代のチームメートで、エンゼルスのGM時代にアシスタントGMを務めていたスコット・サービス氏をすぐさまマリナーズの監督に据えたが、それこそ今のトレンド。
ソーシア監督もそうした空気を悟ったか。悲しいかな、野球が変わって監督の能力は必要とされなくなった。フロントの考えを忠実に実践してくれればいい。それを押し付けるには、ソーシア監督は存在が大きすぎた。
大谷の二刀流に関しても当初、ソーシア監督はどう捉えていたのか。早々に結果を残したことで二刀流をサポートする側に回ったが、キャンプで結果が出ないころは、エプラーGMが必死に開幕ロースターに入れるよう、説得したはずである。
ただ、エプラーGMにとって、ソーシア監督の退任は両刃の剣となりうる。
今年、大谷が指名打者でそれなりの試合数に出場できたのは過去2年、ほぼ指名打者として出場していたプホルスが一塁を守ったからだが、様々な故障歴があり、できれば守備につきたくないプホルスの不満を抑えたのは、ソーシア監督の力。次の"お飾り監督"にそれができるか。
■エプラーGM、問われる手腕
もっとも、少々展開に変化が生じ、力量を問われるのはエプラーGMの手腕の方だ。というのも先日、プホルスは左膝の手術に踏み切り、現実問題として来季以降、どれだけ守備につくことができるか不透明となった。それはすなわち、大谷をどう起用するかという問題に直結する。となると、選択肢は2つ。
大谷に守らせるか、プホルスをトレードするか。
おそらく、理想は後者。プホルスを獲得したのはオーナーのアート・モレノ氏の独断だけに、そこにまず障害がある。プホルスの残り契約期間の3年、総額で6700万ドル(約74億円)のうち大半を負担する必要があるが、それをやらなければ来年、プホルスと新監督の間で指名打者での出場をめぐって火種となる。
エプラーGMが問われるのは、そこを含めてのチーム再建。ソーシア監督退任に伴い、プホルスをトレードし、エンゼルスがマイク・トラウトと大谷のチームであることを印象付ける。そのとき初めて、彼のチームづくりが始まる。