物価偏重の緩和は見直すべき 門間一夫氏
みずほ総合研究所エグゼクティブエコノミスト(元日銀理事)
――米金融危機からまもなく10年ですが日欧は金融緩和を続けています。米国も利上げは進めていますが歴史的にはなお低金利です。
「リーマン・ショックの温床となった米金融バブルは金融規制が不十分だったことと、それまでの金融緩和が長く続きすぎたことが影響した。その反省を踏まえ、金融規制改革が進み、銀行の資本は厚く流動性は高まり、金融システムはかなり頑健になった。
だが、金融緩和については反省が生かされず、議論は後退すらしている印象だ。政府や金融市場は金融緩和を好み、中央銀行も物価目標を掲げている以上、それに応えようとする。米国が2%の物価目標を正式に決めたのが2012年で、日本も13年に採用した。金融危機以前よりも一段と物価にこだわる仕組みになっている。米国では、将来、景気後退局面になったときにの対応余地を確保するために、物価目標を4%にすべきだとか、物価水準を目標にして当面緩和的な政策を進めるべきだとの議論も増えている」
――過度な緩和の副作用とは何でしょうか。
「金融政策の影響は長期にわたって出てくる。緩和的な環境が長引くと、リスク対比で採算性の低い案件の投資が増え、不良資産が蓄積していく。目先ではいいことが起きているように見えるかもしれないが、長期的にみると経済の活力をそぎ、デフレの原因にすらなりうる」
「ただそうした将来起こるかもしれない副作用は把握するのが極めて難しい。定量的な分析もできず、説得力をもって国民に説明し、政策運営に移すのはハードルが高い。国際決済銀行(BIS)はこうした点に警鐘を鳴らしているが、対外的にこうした懸念を強く表明する中銀はない」
――リーマン・ショックのような危機が再来するリスクはありますか。
「金融規制が強化されており、同じようなことが起こるとは思わない。だが、中央銀行はそこに甘えすぎている面もある。金融面の不均衡は規制や監督で対応すればよく、金融政策は物価だけ考えればいいというすみわけがなされすぎている」
――金融政策への期待は歴史的にどのように高まったのでしょうか。
「もともと1950~60年代はケインズ経済学が全盛期で、財政政策で景気循環をならせるとの考えが主流だった。実際にある程度うまくまわった。だが70年代になると物価上昇が慢性化し、財政赤字も膨らんだ。その結果、金融政策が経済の安定を担うべきだという議論が80年代後半にかけて勢力を増してきた。中央銀行は財政のような政治プロセスが入らないため、機動性もある。90年代には金利水準の調整が経済の安定化を担えるという考え方が定着した。実際に景気を支える役割を果たせた面もあり、政府や市場の期待が強まり、世界で物価目標が採用されるにいたった」
「ただ、先進国では潜在成長率が下がり、金融緩和が経済や物価に与えられる影響力も下がってきている。2%の物価目標を所与のものとして、いかに緩和余地を探るかではなく、もう一度初心に帰って、財政政策、金融政策、構造政策ができることについて見直さねばならない時期に来ている」
(聞き手は後藤達也)